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ナイル2019年3月号連載【〈短歌版〉私の本棚・15 わたしは可愛い三月兎】 [ナイル短歌工房]

  やや飢ゑて四月のあしたなまたまご飲めばわたしは三月兎

 三月兎は私にとって、『不思議の国のアリス』以外にはない。狂ったお茶会のエキセントリックなイメージ。その兎が可愛いという。しかもそれは「わたし」だという。けれど、生卵を飲む兎は、どことなく蛇のようだ。キマイラというよりは、進化途中で滅びてしまった複合的な生物を思わせる。例えばステレオグネーサスのような。

 とにかくインパクトの強い歌集である。流行語、固有名詞、時事詠。高度成長期から昭和の終わりにかけての、爛熟した退廃、猥雑さ、毒を感じさせる。一九八五年の初版は吾妻ひでおが表紙を手がけたが、私が持っているのは一九八九年の改訂版で、表紙は高橋留美子である。

  〈ローニン〉の大姉〈ポンジョ〉の姉スティングレーのりまわす姉
  ワルキューレ狂いの大姉なぐりあう朝

 ともに激情的と思われ、かつタイプの違う姉二人に挟まれて、著者は年の離れた「可愛い兎」だったのだろう。

  渋谷には親よりはやく死にたる児(こ)ひすがら石を積みそして積み
  夢の城炙(あぶ)られて佇(た)つ終末をのぞむがごとく雨ニモマケズ

 「夢の城」はラブホテルだと註があるから、たぶん円山町だろう。夕陽とも退廃の業火とも思える炎を想像するや、「雨ニモマケズ」という宮沢賢治の引用ですとんと落とされた気分になる。雨ニモマケズ生きるのは円山町の住人か、通りすがりの自分か、街そのものか。

  ムルギーのカレーすすれば新東宝「お玉が池」のゆうひはあかく
  麗郷にてひとり海月(くらげ)を食むほどろ金星(ゆうづつ)月輪たぐりて昇る

 ムルギーは道玄坂のカレー店、麗郷は台湾料理店、どちらも老舗である。「怪猫お玉が池」と組み合わせたことで血の色を思わせる夕陽、海月のような月、喧噪とは別の「時」を感じさせる。

  むふふふふ口角ゆるむ満開の桜の下につくばひしとき

 詞書に「私の狂気僅少反吐として桜と分かつわはははははは」とある。詞書といい歌といい、仙波の代表歌のひとつ

  ひら仮名は凄じきかなはははははははははははは母死んだ

を思わせるが、そこまでの狂気の哄笑はないようにも感じられる。

  春夏秋冬つらくありけり待ちかねてゴドーも由良之助も来なければ

 「ゴドー」はベケットの戯曲で神を指すと言われる。「由良之助」は『仮名手本忠臣蔵』から。「遅かりし由良之助」か。

 最初に毒があると書いたが、どこかに虚無的・厭世的なものが感じられる。渋谷パルコは二〇一六年に建て替えに入り、歌に詠まれた景色は幻となってしまった。

  夕照(せきしょう)はしづかに展(ひら)くこの谷のPARCO三基を墓碑となすまで

【書籍情報】
仙波龍英『改訂版 わたしは可愛い三月兎』、沖積社、一九八九年


わたしは可愛い三月兎

わたしは可愛い三月兎

  • 作者: 仙波 龍英
  • 出版社/メーカー: 沖積舎
  • 発売日: 1989/08/10
  • メディア: 単行本


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ナイル2019年3月号掲載歌【夢のつばさ】 [ナイル短歌工房]

入り海に禍き手は伸び赤茶けたダリの沙漠のうちひろごりぬ

二頭はや失せしとぞ聞くわたのそこ沖に逃れてジュゴンはいづこ

わたつみに陽の差し入りぬおくつゆの玉城デニーのうちなーぐちは

小春日の空に散らばふあわだちさう綿毛はひかる風花のごと

日だまりに座すぬばたまのオオバンのましろき嘴に冬やどりけり

ぬくもらぬ敷布に足をちぢめれば夢のつばさの黒きことなど

誕生日すずろにをれば届きたるこころ尽くしは手摘みのいちご

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2019-100:皆 [題詠100★2019]

皆ひとの蔑みあはぬ街なれや冬のひと日を抗議に立ちぬ
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2019-099:隙 [題詠100★2019]

あけやらぬ引き戸の隙に涼風の吹けば牝猫の片目がのぞく
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2019-098:萎 [題詠100★2019]

秋風に窓を閉ざせばヴィーナスの林檎はすぐに萎びてしまふ

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2019-097:怨

飢ゑかはき取り残されし兵あまた怨嗟のこゑはスコールと消ゆ
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2019-096:撫 [題詠100★2019]

まどろみの夢にたゆたふまひるまに寄せてはかへす波は愛撫の
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2019-095:世間 [題詠100★2019]

誹らるる弱者のあまたことごとに世間様とふ荷を負はされて
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2019-094:悟 [題詠100★2019]

いつの日もお供にをれどなにとなく存在感のうすき沙悟浄
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2019-093:駐 [題詠100★2019]

いつの間はわが空間に居座つてつひぞ動かぬ常駐ソフト
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