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ナイル2019年9月号連載【〈短歌版〉私の本棚・21 グラウンド・ゼロの歌】 [ナイル短歌工房]

 9.11WTCテロ事件で息子を失った著者による追悼の短詩集である。息子の杉山陽一氏とすべての犠牲者を悼む六八の短歌・長歌・俳句が英訳付きで収められている。富士銀行ニューヨーク支店および現地法人等の十二人の犠牲者のうち、杉山氏が最年少だった。

  いくさ無き世をよろこびし我なるにツインタワーより吾子(わこ)は還らず

 第二次大戦後の日本には戦争がない。普通のサラリーマンが暴力的な形で親より先に逝くとは、誰しも思わないだろう。にもかかわらず、彼はテロという世界に向けた暴力の犠牲となった。

  ちちははがなし得るつひのつとめなりDNA試料採りて残しぬ

 「紐帯」と添え書きのある一首。ここでは血縁の結びつきを指す。彼の生存を否定する前提でのサンプル提出の思いは想像に余りある。結果的に、このときの試料が遺体確認の決め手となった。

  明日よりは君なき日々を生きよとて「爆心」の地に歌は響きぬ
  形見とて国旗と共に贈られし壺を開くれば黒き砂にほふ
  露にぬれあまたの花に囲まれしテディーベアーの黒き瞳よ

 事件後一か月半あまり、ニューヨーク市主催の追悼式の一連。「犠牲者の多くは痕跡すら留めないだろう。」(市長の言葉)証明付きの現場の砂が配られたという。

 遺体の一部が確認されたのは翌年四月。前月には遺児が誕生していた。

  発見の遺体あまりに小さければ写真も無しと説明を受く
  立ち会へねば棺に納むを託したり愛犬の写真と「日本国憲法」
  骨拾ふ習ひはなくて密封のブロンズケースに入りて戻りぬ
  この街に別れつげよとブロンズの重きを負ひて町をめぐりぬ
  骨(ほね)一つ負ひて名残の花見かな

 歌に劣らず読み応えのあるのはあとがきである。俳句より短歌が先にできた当時の心情や、事件に対する日本の国内世論のありよう、それに対する違和感など、遺族としての立場だけでなく、国内・世界情勢を見据えた冷静かつ真摯な分析が興味深い。

 一読して気になった「いくさ無き世」「日本国憲法」については、著者のあり方が深く関わっていると思われる。著者は一九三七年生まれ、初期の戦後教育を受けた世代だ。平和への思いは一入と推測する。

 また、「爆心」はすべてカギ括弧がついているが、「グラウンド・ゼロ」という言葉と原爆の爆心地という意味の位置づけ、必ずしも本意でない「ツインタワーの跡地」としての定着など、表題に選んだ理由も語られている。

  旋回の窓にハドソン河著(しる)く見ゆこの地に吾子はなほ眠るらし
  悲しみも嘆きもすべて払はむと「爆心」の地につむじ風ふく

【書籍情報】
住山一貞『グラウンド・ゼロの歌』、創英社、二〇〇三年


グラウンド・ゼロの歌―短詩型作品によるコンポジション

グラウンド・ゼロの歌―短詩型作品によるコンポジション

  • 作者: 住山 一貞
  • 出版社/メーカー: 創英社
  • 発売日: 2003/09
  • メディア: 単行本



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ナイル2019年9月号掲載歌【杜から海へ~Plaza・Zに寄せて】 [ナイル短歌工房]

いくすぢの時の流れを縒り合はせ cogito, ergo sum 杜から海へ

引き潮はうみの匂ひを運び去りどつちつかずの海月がゆれる

くるぶしにまとはりつかふ泣き声はシロツメクサに埋もれてゐたり

年経りしハメルンの子をしたがへて節くれた手は虚空をつかむ

なつそひく生(せう)は手向けの花ひとつくるくるまはるゼンマイのふね

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ナイル2019年8月号連載【〈短歌版〉私の本棚・20 暗室に咲く白い花】 [ナイル短歌工房]

  かなかなのこゑ怖ろしきゆふまぐれ暗室に抱く白きうつしみ

 武藤雅治の第四歌集。光の遮断された暗室に咲く白い花は、光を浴びずに育った幽霊のような裸身か。あるいはセーフライトの赤に照らされ、血の滴りの色か。

 前半は戦乱に関する歌が多い。第二次大戦を思わせるが、言葉の選び方が時代や空間を超え、戦争や抑圧の酷さを語りかける。

  駆けださぬ埴輪の馬のあどけなきまなこは昏(くら)く炎(ひ)のなかに顕(た)ち
  ゆゑあらむ少女の微笑(ゑま)ひ 焼け跡の最(中(もなか)にたちてまた振り向けり
  ときにせつなく〈祖国〉を想ひ母音は湿る夏の渚に
  かをりつつ孤高に咲ける朴の花 朝鮮人であることに生き

  なめくぢになるくらゐならせんそうにゆくくらゐならなるくらゐなら

 戦争に征けばなめくじになるのか、拒めばなめくじと言われるのか。出口のない煩悶は当時の人の心にもあったろう。

 中盤には自分の内面を問う歌が続く。

  われわれのなかよりひとり逸(はな)れきて机上にさむく檸檬を置きぬ

 梶井基次郎の『檸檬』を思わせるが、ここには檸檬に出会った感動や喜びはない。

  ころしあふ愛かもしれぬくらやみに水栽培の根がからみあふ

 ポットの中で複雑に絡み合う根に、互いを消耗させる閉塞感、愛の否定的な一面を歌った。

  閉ぢし眼になほものを見る眼ざしの坐像のまへにわれは来てゐつ

 半跏思惟像を思わせる坐像の前で著者は何を思ったのか。

 著者は教職にあるようで、学校を詠んだ歌が複数ある。『現代用語の基礎知識』に出てきそうな俗語の使用には好みがあろうが、当時の風俗を生き生きと伝えてもいる。

  小父(をぢ)さんの吾は廊下に顔黒(ガングロ)の山姥(ヤマンバ)たちとタメ口かはす
  私語に堪へ堪へに堪へたる今日もまた堪忍袋の緒ぞ裂(き)れかかる
  とほくより見る少年の茶髪こそ 小(せう)ライオンのごとく美し
  大波の小波の私語の打ち寄せてただよふごとく教室は舟

 国との関わりを歌ったものもある。学校にいれば国旗・国歌の問題はつきものだが、大勢に流されてゆく「群れ」を冷めた目で見つめた個としての歌であろう。

  日の丸を仰いで唄ふ君が代の千代に八千代に鰯の群れが
  他所者(よそもの)の眼(まなこ)はわれにまぎれなし石敢當(いしがんとう)にまた突きあたる

 流れる時の中で、著者は立ち止まっているようでもあり、漂流を続けているようでもある。

  さやうなら今日の鞦韆(ぶらんこ) 明日もまたわが少年を乗せておくれよ
  暗室に咲く白い花 盲(めし)ひたるまなうらのなほ恍(ほの)かに明(あか)く

【書籍情報】
武藤雅治『暗室に咲く白い花』、ながらみ書房、二〇〇七年



暗室に咲く白い花―武藤雅治歌集

暗室に咲く白い花―武藤雅治歌集

  • 作者: 武藤雅治
  • 出版社/メーカー: ながらみ書房
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 単行本




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ナイル2019年8月号掲載歌【進路】 [ナイル短歌工房]

踏み抜けば三尺沈むとふ聞きし弔(はふ)りなしたる記憶のかなた

陽ざらしの骨うめきゐる奥津城ゆ見下ろす街に家風いづこ

ちよろづの風やは知らねそののちに咲いては散らふ桜のゆくへ


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TANKASONIC《ヴォカリーズ~ミッシャ・マイスキーを詠む》 [twitter]

くがねなる羊毛を撚る そのさきをダビデの星のとはにあること

膝に抱くこゑのありけり閉ざされし洞を満たして宙(そら)はひろがる

めくるめく闇のるつぼに黒猫のまなこはひかる 交錯の物語(レシ)

ことばなき母音の翳りたゆたひは衣なすひだに深く沈める

セロの音は水面をながれまなうらに澪の名残りの羽根のひとひら


「クラシックのアーティストでもよいか」と質問した方があり、OKとのことだったので
夏フェスにはあり得ない設定ですが、チェリストのミッシャ・マイスキーを詠みました。

音楽や美術を詠むのは難しいです。
私程度では、もとの作品を超えることはないので。
その中でどう切り取るか、毎年曲を集中的に聴き過ぎて具合が悪くなるほどですが、
楽しんで詠む方とは別に、このような関わり方もときにはよいのではないかと思います。

昨年Queenを詠んだ時は1曲1首対応でしたが、今回はそうではありません。

詠み込まれている曲がお分かりの方もあると思うので、重ならないように考えた上で
お勧めの曲はカタルーニャ民謡「鳥の歌」です。




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ナイル2019年7月号連載【〈短歌版〉私の本棚・19 翁長助静の歌】 [ナイル短歌工房]

 故翁長雄志元沖縄県知事の父・翁長助静が歌人であることを、『戦う民意』を読んで知った。

  和魂(にぎたま)となりてしづもるおくつきのみ床の上を渡る潮風(昭和二一年二月八日)

 沖縄戦跡国定公園内にある慰霊碑「魂魄の塔」は助静の命名であり、石碑の裏に刻まれたのがこの歌である。「『魂魄』とは平和を守るために鬼ともなる魂のことで、『和魂』とは、平和を信じ、安らかに眠る霊魂の意である、と父は話したことがあります」と前書にある。

 調べたところ、助静は原神青酔の雅号で歌集『黎明』を出版したとあるが、国会図書館のデータベースを検索しても見つからなかった。助静の歌は今や『沖縄文学全集第三巻・短歌』といくつかのサイトでしか読むことができないようだ。

 『沖縄文学全集』には助静の歌が五〇首紹介されているが、印象的な歌は多い。

  牧水の旅の心のおくどにも触るるがごとくこの石ひとつ
  風情なき石ころなれど心映しつつ今朝も文机の上

 沖縄には琉歌の伝統があるが、江戸時代に和歌が文献に登場、明治期から短歌が盛んになった。背景には琉球処分があるかもしれない。牧水の足跡を辿り、石を持ち帰った歌からは牧水を師と慕う気持ちが読み取れる。

  急降下又急降下あわれあわれ焼かれとばされ街亡びゆく

 十・十空襲(沖縄大空襲)を詠んだ歌。「急降下」「あわれ」のリフレイン、「焼かれとばされ」の受動態の並列が、切迫感を持って危機を訴えかける。

  機爆音とどろき過ぎし昼下り黙認耕作地に種蒔く人あり

 黙認耕作地とは、在日米軍が接収した軍用地のうち、米軍が地主などの住民に対して一時的に使用を認めている土地。自分の土地が自分のものでない沖縄の実情が歌われている。

  大らかな闘いの中にわれはありかくと定めて政敵(てき)と酒汲む

 『戦う民意』によると選挙は毎回厳しいものだったようだ。自分の在り処を定めつつ政敵とも酒を酌み交わす。沖縄の複雑な政治状況をも反映してか、対話のスタンスが垣間見える歌だ。

  酌み交わすことも佳かりき子の心ゆたけく呑みて酔ひたる今宵

 酒を酌み交わしながら、親子はどのような話をしたのだろうか。息子の助裕、雄志はともに政治家の道を選んだ。

  いにしへも吹きし和やかな風なれど今爆音に引き裂かれつつ

 沖縄の戦後はずっと、米軍機の爆音に引き裂かれてきた。基地がある故の事件事故も絶えない。平和の尊さを訴えた助静の歌の重みを、皆が受け止めるときに来ている。

【書籍情報】
翁長雄志『戦う民意』、株式会社KADOKAWA、二〇一五年
沖縄文学全集編集委員会『沖縄文学全集第三巻』、国書刊行会、一九九六年


戦う民意

戦う民意

  • 作者: 翁長 雄志
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2015/12/10
  • メディア: 単行本



沖縄文学全集 (第3巻)

沖縄文学全集 (第3巻)

  • 作者: 沖縄文学全集編集委員会
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 1996/07/01
  • メディア: 単行本



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ナイル2019年7月号掲載歌【或る日の午後】 [ナイル短歌工房]

日ざかりにカモメは嗤ふはたとせはひと日を同じ街に暮らしつ

ゆくりなき風に吹かるるさへづりは姿を変へて我が辺にとどく

汽車道を行き交ふひとの絶え間なくここにはをらぬ横浜リリー

ふたとせの冬のすべてを知りつくす指はゆるりと鰈をほぐす
 
さざなみに運河の面を眺むればベネチア号は目の下を過ぐ

よるべなき春の航跡まどろみは花のむくろの影をやどして

せはしなく発車のベルの鳴り響く桜木町はやよひゆふぐれ



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ナイル2019年6月号連載【〈短歌版〉私の本棚・18 島からの祈り】 [ナイル短歌工房]

  荒あらと蟻潰すごと沖縄(うちなー)へのしかかる国よまこと母国か

 社会詠の多い歌集である。ことに基地問題に関する歌は多い。沖縄の基地負担とそれに伴う事件事故、本土との認識の乖離や沖縄蔑視がストレートに歌われている。

  「承認」のニュース渦巻く島からはガジュマルのは葉むら群火のごと戦ぐ
  甘やかな罠に嵌らず基地いらぬと狼煙(のろし)上げたり名護の市民は

 「甘やかな罠」は沖縄関係予算、一括交付金か。翁長雄志元知事の就任後、政府は見せしめのようにこれらを減額したが、市民の辺野古新基地建設反対の意思は強い。

  島人の辺野古へ辺野古へ馳せゆく日臥せるわが身は鳥にもなりて

 病身の著者は自ら反対行動に参加することができない。「鳥にもなりて」が痛切。

  基地ゆえに軽々と命屠られて嘆きと怒りの六・一九県民大会

 うるま市の二十歳の女性が米軍属に殺害されたことに抗議して、二〇一六年六月十九日に米海兵隊の撤退を求める大規模な県民大会が開催された。米軍による性被害は深刻で、明るみに出ない事件も多いという。

  無残なる宮森小を顕たしめて炎天に谺す オスプレイくるな

 「宮森小」は一九五九年の宮森小学校米軍機墜落事故。死者十八人を出した。

  ガラス戸をふるわす夜の轟音にみどり児泣くをひしと抱く母
  夜も発つオスプレイの蛮声に眠れぬ子らはひねもす虚ろ

 オスプレイの騒音は飛行時の最高で一〇〇デシベル超、電車が通るときの高架下ぐらいだそうだ。高架下で食事や勉強をし、眠る生活は想像に余る。

  島のわれらを「土人」と蔑す日本人芙蓉うつくしく咲く島に来て

 二〇一六年十月十八日、高江のヘリパット建設現場で、大阪府警の機動隊員が県民を「土人」と呼んで問題に。松井一郎知事は土人発言を擁護、本土の沖縄への蔑視があらわになった。

  墜落のニュースをききて今日もまた狂わんほどに空ばかり見る

 二〇一六年十二月十三日、オスプレイが名護安部沖に墜落。本土メディアは「不時着」と表現したが、沖縄二紙は「墜落」と報じた。

  沖縄(うちなー)は国の捨て子か清(ちゅ)ら海へトンブロック次々投げこまれゆく

 二〇一八年四月に始まった辺野古新基地の護岸工事。同年十二月には土砂投入が始まり、今年二月の県民投票で圧倒的反対の民意が示された後も継続されている。

 あとがきに著者は記している。
 《私たちの追い求める姿とはあまりにかけ離れた沖縄の現実が、私の心を揺さ振り衝き動かしたのだと思います。多くの島人の心が安らぐ日まで、また私の生が続く限り、このことは詠い続けていかなければならないと今日も空を見上げています。》

【書籍情報】
玉城寛子『島からの祈り』、ながらみ書房、二〇一八年

玉城寛子歌集『島からの祈り』 - ながらみ書房

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ナイル2019年6月号掲載歌【題詠百首より・君】 [ナイル短歌工房]

笑まひつつ近づく君と目をあはせいま背徳の風に捲かれる

しろたへの出窓のそばに誘はれてふたり見下ろすひるすぎの街

息づける太しき幹に凭れれば身ぬちに樹液の流れ聞こゆる

紕(まよ)ひゐる我をよいしよと抱き上げてあとはいつものことが始まる

まどろみの夢にたゆたふまひるまに寄せてはかへす波は愛撫の

ふたつ身をあはせて眠る午さがりかすかに揺れる絵のなかの花

おほかたは浮気といふをさういつた次元ぢやないと君は仰る

音もなき雨のやうだねゆふぐれの迫るベッドに逢瀬の名残り

会ふといふ空約束の果てしなく蒲公英の実は風にはじける

秋の陽はつるべ落としの暮れ方に似合ふフォーレとホットミルクは

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ナイル2019年5月号連載【〈短歌版〉私の本棚・17 鳥の見しもの】 [ナイル短歌工房]

  磔刑の縦長の絵を覆いたるガラスに顔はしろく映りぬ

 縦長の磔刑図とはキリストのみを描いたものと思われる。白く映っているのは自分の顔であろう。キリストの像に重なる自分も何かの犠牲者なのか、あるいはガラスの外にいる傍観者なのか。苦悩の投影の二重性を考えさせられる歌だ。

 第二一回若山牧水賞、第九回小野市詩歌文学賞を受けた吉川宏志の最新歌集。数を占めるのは社会詠だが、内省的なもの、故郷を詠んだものなど、目を引く歌は多い。

  反対を続けいる人のテントにて生ぬるき西瓜を食べて種吐く
  胡座から体育座りに変えながら「廃炉」の文字を待ちつづけおり

 著者はほうぼうの反対行動に自ら足を運んでいる。「大飯」と題された連作は、再稼働へと舵を切る国への地道な座り込みを詠んでいる。

  〈デモ割〉のチラシもらいぬデモのあと行けばビールが一杯無料

 「選挙割」と同様のサービスを指す現代用語を詠み込んだ一首。政治社会に一定の知見を持った店舗が、同様の志を持つ客層向けに実施することが多い。

  手に置けば手を濡らしたり貝殻のなかに巻かれていた海の水
  旅として過ぐる被災地 魚など食ぶるといえど一日のこと

 「美浜」と題された連作。美浜原発は二〇〇四年に事故を起こしている。美浜に限らず、被災地の住民は汚染されているかもしれない肉や魚、農作物を摂り続けてゆかなくてはならないのだ。

  戦いに負ければ紙となる金を払いて夜は秋草を抱く

 従軍慰安婦を思わせる一首である。「戦いに負ければ紙となる金」とは軍票であろう。「秋草」は残り少ない命を持つ互いの肉体か、茫漠とした不安か。

  秘密作れ秘密つくれとそそのかす条文ありて蜘蛛のしずけさ

 「現代の治安維持法」とも呼ばれる特定秘密保護法に関する一首。メモ帳を持ってみだりにうろつくのがダメなら、吟行もおちおちできない。何が「秘密」に当たるかは時の政権の裁量に任され、蜘蛛の巣は静かに張りめぐらされている。

  立ちながら殺されてゆく樹がありぬ或る条文のようにしずかに
  憲法の大きな抜け殻が残りたり夏の光に取り囲まれて

 安保法。骨抜きにされてゆく憲法九条が、しらじらと痛ましいイメージを醸し出す。

  はじめから沖縄は沖縄のものなるを順(したが)わせ従わせ殉(したが)わせ来ぬ
  骨の中まで爆音ひびき黒き機は飛び立ちゆけり冬の嘉手納(かでな)を

 米軍だけでなく本土が沖縄を踏みつけにして来た歴史は変わってゆくのだろうか。

  鳥の見しものは見えねばただ青き海のひかりを胸に入れたり

【書籍情報】
吉川宏志『鳥の見しもの』、本阿弥書店、二〇一六年


歌集 鳥の見しもの (塔21世紀叢書)

歌集 鳥の見しもの (塔21世紀叢書)

  • 作者: 吉川 宏志
  • 出版社/メーカー: 本阿弥書店
  • 発売日: 2016/08/01
  • メディア: 単行本



※誌面の本文、お名前に誤記がありました。申し訳ありません。
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