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ナイル2018年10月号連載【〈短歌版〉私の本棚・10 やさしいぴあの】 [ナイル短歌工房]

  ぴあのぴあのいつもうれしい音がするようにわたしを鳴らしてほしい

 嶋田さくらこ。ツイッターを知っている人なら「うたつかい編集長」と言った方が通りがよいかもしれない。「タイムラインに流れてゆく歌を紙媒体で読みたい」という動機から手弁当で始めた『短歌なzine うたつかい』は現在参加者約一五〇名を数え、二〇一一年の創刊以来ナイルからも複数名が参加している。

 そんな嶋田さくらこの第一歌集『やさしいぴあの』は書肆侃侃房「新鋭短歌シリーズ」第一期の一冊として、二〇一三年に発行された。「新鋭短歌シリーズ」について、加藤治郎はこう記している。
 《今、若い歌人たちは、どこにいるのだろう。どんな歌が詠まれているのだろう。今、実に多くの若者が現代短歌に集まっている。同人誌、学生短歌、さらにはTwitterまで短歌の場は、爆発的に広がっている。文学フリマのブースには、若者が溢れている。そればかりではない。伝統的な短歌結社も動き始めている。現代短歌は実におもしろい。表現の現在がここにある。「新鋭短歌シリーズ」は、今を詠う歌人のエッセンスを届ける。》

 シリーズの趣旨を体現するように、『やさしいぴあの』は口語新かな、平易なことばで歌われている。恋の歌が多いことがひとつの特徴で、そこに魅力を感じる読者も多いだろう。

  日曜のまひるあなたを思うとき洗濯ものもたためなくなる
  遠景の夕陽みたいな優しさでメールをくれる ずるい人です
  おとうふの幸せそうなやわらかさ あなたを好きなわたしのような

 家族やこれまでについて、簡単な説明が挿入されている。何気ない日常や自分の幼い頃、近しい人たちの歌は温かい。

  脚つきのかしわを握りほほえんで林檎ジュースの宴席デビュー
  いもうとをお風呂にいれる 赤ちゃんのうんちはきれいとおばあちゃんがいう
  おう、わしやわしや、と電話かけてくるこの町のおじさんはみんな
  わたしの子 プラットホームにいた猫も工事現場で泣いてた猫も

 結社では戒められがちな、区切れと結句が同じ品詞の歌、助詞を省略した歌も結構ある。そのような作風に対する好みはともかく、従来の約束事にとらわれないのは、彼女に限らず、ネット歌人の特徴でもあるだろう。

  世界には言いたいことがなくなって雪になれない雨あたたかい
  すいかずら夏を忘れて咲きなさい 淋しい匂いのまま揺れなさい

 新聞販売店を手伝っている彼女が過ごす夜と朝の間。日常と歌が静かに寄り添う。

  菜の花の灯る岸辺に君を呼ぶ 深夜、しずかなタイムラインである

【書籍情報】
嶋田さくらこ『やさしいぴあの』、書肆侃侃房、二〇一三年


やさしいぴあの (新鋭短歌シリーズ12)

やさしいぴあの (新鋭短歌シリーズ12)

  • 作者: 嶋田 さくらこ
  • 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
  • 発売日: 2013/12/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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ナイル2018年10月号エッセイ【スイカに思う】スイカとメロン、最後の晩餐でデザートに選ぶとしたら? [ナイル短歌工房]

 高校生の頃、英語の時間に「スイカは黒人の食べるものとされていた」と聞いて、強烈な印象が残った。のちに調べてみて、これがアメリカの人種差別的ステレオタイプだと知った。奴隷制の時代、黒人にはスイカとわずかな休息を与えておけば満足する、というイメージ作りが起源のようだ。「スイカはウォーターメロンというくらいだから」と教わったことにも納得がいった。

 一方、昨今のスイカはお使いものとして確固たる地位を築いているように見える。老舗の水菓子屋さんに展示されるピラミッド型やハート型のスイカは五桁の値札がついている。通販ではダイナマイトという真っ黒なスイカも人気だそうだ。

 スイカは長い時を経て差別から解放された果物なのかもしれない。でも本当に、いつ誰の口にも入るようになったのだろうか。

  おのが口に入らぬものかはぬばたまのダイナマイトのいづくに爆ぜる

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ナイル2018年10月号掲載歌【TANKASONIC~カインのやうに】 [ナイル短歌工房]

不似合ひなシャンパンの名を憶えたり背徳といふ婉麗もまた

せめぎあふ天(あめ)とうつそみ全(まつた)ける善とはなにか百合はこたへず

あまつさへ罪かさぬれば三千世界をさ迷ふだらうカインのやうに

冒涜といふ旗のもと石をもて打たれしと聞くひとつの自由

なんといふあかるさだらう雲ひくく垂れ込めてゐる地球儀のそと

読み解かぬ暗示の陰に咲く花かそぞろ揺れゐるAIDSのうはさ

ゆるゆるとねぢれる刻の部屋ぬちにひらき放しのラッパスイセン

芝居はや続くべしとぞ はりついた笑ひに混ざるひかりのゆくへ

うつくしき日々の名残りか落日のたゆたひはくる湖水のほとり

You take my breath away ため息は梢をぬけて空のかなたへ


ネットプリント「TANKASONIC」に収録した連作
(アーティストはQueen)ですが、
自分なりに頑張ったので、結社誌にも出しました。

【セットリスト】
1. Killer Queen
2. Lily of the Valley
3. Bohemian Rhapsody
4. Breakthru
5. Under Pressure
6. Innuendo
7. I'm Going Slightly Mad
8. The Show Must Go On
9. It's a Beatiful Day
10. You Take My Breath Away

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ナイル2018年9月号連載【〈短歌版〉私の本棚・9 月蝕書簡】 [ナイル短歌工房]

  おとうとよ月蝕すすみいる夜は左手で書けわが家の歴史

 二〇〇八年二月、没後二十五年を経て、寺山修司の未発表歌集が刊行された。寺山は「マッチ擦る」「モカ珈琲はかくまでにがし」など、人口に膾炙する歌も多い。私も発売後すぐ買って読んだものである。

 ところが、本稿を書くために再読してみて、「えっ?」と思った。受ける感覚が初読の時と大きく違ったのだ。

 「父」「母」「姉」「おとうと」「蝶」「蟻」「地獄」など、「寺山パワーワード」とも言うべき単語が随所にちりばめられ、読者は容易に寺山の世界にタイムスリップすることができる。一方で、「既視感がある」という点は、編者の田中未知をはじめ、複数の指摘がなされている。印象が変わった、というのは、この既視感が強くなったのだ。

 事実、本書には過去に発表された歌を彷彿とさせる歌が多くある。

  みずうみを撃ちたるあとの猟銃を寝室におき眠る少女は
  (みずうみを見てきしならん猟銃をしずかに置けばわが胸を向き『血と麦』)

  壜詰の蟻をながしてやる夜の海は沖まで占領下なり
  (壜詰の蟻を流してやりし川さむざむとして海に注げり『テーブルの上の荒野』)

  夾竹桃のろわれている人妻の投げかんざしや畳まっくら
  (遠花火人妻の手がわが肩に『花粉航海』)

 一方、本書の中で対をなしており、興味深いと感じられる歌もある。

  駄菓子屋でビー玉一つ買いてより眼球譚のはじまりとなる
  ビー玉一つ失くしてきたるおとうとが目を洗いいる春のたそがれ

  かくれんぼの鬼のままにて死にたれば古着屋町に今日も来る父
  かくれんぼの鬼のままにて死にたれば義母横町に咲く赤い花

 本書のタイトルは、勧められて作歌を再開した寺山が一九七三年七月の予定表に記した「月蝕書簡/百首/海」から採られている。この百首のことであろう、寺山は一九八一年七月の辺見じゅんとの対談で言及している。

 「さしあたって百首を「短歌」に載せようということで作り始めたんだけど、やっぱりできない。数はあるんですよ。でも、自分の過去を自分自身が模倣して、技術的に逃げ込むわけでね(後略)」

 歌に使おうと思ったのだろう、単語や句の断片が記されたメモの画像も掲載されている。これらが寺山短歌の原石であることは間違いないだろうが、研磨され切らない状態で発表に至ったことに、一抹のやるせなさを感じるのは私だけだろうか。

  一本の釘を書物に打ちこみし三十一音黙示録

【書籍情報】
寺山修司、 田中未知『寺山修司未発表歌集 月蝕書簡』、岩波書店、二〇〇八年


寺山修司未発表歌集 月蝕書簡

寺山修司未発表歌集 月蝕書簡

  • 作者: 寺山 修司
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/02/28
  • メディア: 単行本




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ナイル2018年9月号掲載歌【日本よ何処へ】 [ナイル短歌工房]

さりとても美しき国SONTAKUは辞書に載りたりKAROSHIもまた

けふもまたデモに行くとふ人のあり見上ぐる木末(こぬれ)ふと揺れをりぬ

野火のごと広がる怒りぬばたまの地図を染めたる抗議のひと日

コーラーは初めてといふ人もゐて自づとつどふ四十人(よそたり)あまり

かうかうと明かりはつけどひとつだに気配をたてぬ県連事務所

にはたづみ川崎駅に降り立てば狂気に似たるレディ・デイのこゑ

嗤ひつつ抗議のこゑに拍を取るその指先をわづかに憎む

踊りゐるタトゥーのありぬトラメガを高く支ふる太きかひなに

逃げ水を透かして見ればそのさきに迷路のありぬご飯論法

やまももの饐えては落つる雨あがりひとなき途に日本よ何処へ

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ナイル2018年8月号連載【〈短歌版〉私の本棚・8 小さな抵抗】 [ナイル短歌工房]

 この歌集との出会いを、私はよく覚えている。本当は別の歌集を買いに行ったのだが、平積みされているこの本を吸い寄せられるように手に取り、これだけ買って帰ってきてしまったのだった。内容を約めて言えば、中国人捕虜の殺戮を拒んだ陸軍二等兵の、抵抗の記録である。

 刊行までの経緯を渡部氏自身が前書きにしている。少し長いが引用する。
 《復員後、これらを整理しようと思い立ち、幾度も手をつけたが、こと捕虜虐殺のことに及ぶと気持が昂り、どうしても筆が進まなかった。整理を終えることができなかった。敗戦後四十年、復員後三十九年を経て、自らの職としてきた国家公務員を退職してから、漸く緒につき、三年余りをかけて整理することとなった。》

 内容の壮絶さはもちろん、国家公務員という立場からも、内容的に発表しにくかったであろうことは想像に難くない。

 歌は度胸付けのための中国人捕虜虐殺から始まる。

  朝飯(あさいい)を食(は)みつつ助教(じよきよう)は諭したり「捕虜突殺し肝玉をもて」
  鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ「虐殺こばめ生命を賭けよ」
  「捕虜殺すは天皇の命令(めい)」の大音声眼(まなこ)するどき教官は立つ

 捕虜虐殺を拒んだ作者には激しいリンチが下された。

  むごき殺し拒めるわれに「天皇(すめらぎ)の賜える罰」を何くそと耐ゆ
  三八銃両手(もろて)にかかげ営庭を這いずり廻るリンチに馴れ来

 キリスト者である作者の父は捉えられ、家族は村八分の差別にあう。

  故里の父囚(とら)われし一字ありて親族(うから)の浴ぶる八分おそるる
  「特高犯スパイの親族(うから)」に米麦の差別さるるを母書ききたる

 悪化する戦況を経て敗戦。現地の子どもらの耳だれを治療した作者に、周囲が優しかった様子も垣間見える。

  客ありて案内(あない)を受けぬ立ちたるは子らをいやせし町の郷長(ゴウジヤン)
  徐州市ゆ復員列車に乗る日来ぬ子等走り出で「再見(ツァイチェン)!」「渡部(トウベエ)!」

 朝日新聞は本書を「稀有の人間記録である」と評した。信仰の裏打ちがあったとはいえ、捕虜虐殺に抵抗したこと、そのために激しいリンチを受けながらも無事帰国できたこと、すべてが稀有といえる。大部分の兵は捕虜虐殺に疑問を抱かず、抱いたとしても抵抗できず、殺人マシーンと化したのである。最近ようやく、PTSDと思われる未復員兵の存在が取り沙汰されるようになった。イラク戦争に参加した元米兵の告白も記憶に新しい。かつて日本がアジアを侵略・蹂躙したこと、殺戮に抵抗し、歌を服に縫い込んで持ち帰り、著した著者の存在。戦争を知らない政治家によって日本が方向を見失いつつある今こそ、読み継がれるべき歌集である。

【書籍情報】
渡部良三『歌集 小さな抵抗』、岩波現代文庫、二〇一一年


歌集 小さな抵抗――殺戮を拒んだ日本兵 (岩波現代文庫)

歌集 小さな抵抗――殺戮を拒んだ日本兵 (岩波現代文庫)

  • 作者: 渡部 良三
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2011/11/17
  • メディア: 文庫



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ナイル2018年8月号掲載歌【のげやま】 [ナイル短歌工房]

野毛山をゆるり登ればあをあをと蕗の葉かげに汀女の愁ひ

太枝にしまひ忘れのセーターは寝くたれてゐるレッサーパンダ

閉ざされし檻をはなれよそらみつ大和に生れし虎のみるゆめ

フラミンゴの池を借りしかふいふいと一羽のカラス羽根を干しをり

立ち並ぶ人をおそれぬサルの子は檻につかまりヒトを眺める

すんすんと膝に眠れるモルモットかすかに動くこはき毛を撫づ

にはとりを蹴るをぐなありのほほんと叱りし母をあやしみて見つ

さばへなす樹下のさわぎをよそにみて釈家のごとく猛禽はある

たまのをのレッドリストに載るといふハマのメダカの影の透きをり

ひとと目をあはさぬ獅子の聞く風は梢を越えて遠くとほくへ

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ナイル2018年7月号連載【〈短歌版〉私の本棚・7 いまドキ語訳越中万葉】 [ナイル短歌工房]

  しなざかる越に五年住み住みて立ち別れまく惜しき夕かも(大伴家持)

 万葉集万四五一六首のうち大伴家持が詠んだと分かっているものは四七三首、そのうち約二二〇首が越中で詠まれている。これに、家持の部下が詠んだ歌や、越中に伝わる歌を加えると三三七首にのぼる。

 その越中(現在の富山県)を地元とする北日本新聞社が、二〇一二年七月六日の「高志の国文学館」開館に合わせ、越中万葉を現代によみがえらせようという企画を立てた。ただ翻訳するのではなく、現代の語感を生かしつつ、万葉集の魅力を再発見しようという試みである。

 連載は二〇一二年七月から半年にわたった。第一回は黒瀬珂瀾で、仕事の都合上妻と離れて暮らした思い出を詠んだ。七夕の吹き流しの写真が記事に色を添えた。

  妹が袖我枕かむ河の瀬に霧立ちわたれさ夜ふけぬとに(大伴家持)
  抱きあふぼくらをつつむ香りあれ 喉(のみど)にともる碧(あお)きバジルは(黒瀬珂瀾)

 連載には、当代の歌人二九名が参加している。原意を生かしつつ、それぞれの詠みぶりが光る歌が並んだ。

  馬並めていざ打ち行かな渋谿清き礒廻に寄する波見に(大友家持)
  並び立つ自転車すべて波に錆び僕らまばゆき隘路(あいろ)をさがす(山田航)

  片思を馬にふつまに負せ持て越辺に遣らば人かたはむかも(大伴坂上郎女)
  ため息は危険物かも逢ひたさをそらみつ大和のクロネコに乗せ(田中槐)

  春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ少女(大伴家持)
  目の前の老婆きゅるきゅる若返り少女生(あ)れたり桃の花の下(穂村弘)

  矢形尾の真白の鷹を屋戸に据ゑかき撫で見つつ飼はくし好しも(大伴家持)
  帰路の果てには猫ありて猫を揉むときおりそこに顔をうずめて(内山晶太)

 また、同様の主旨で、ツイッターから参加者の募集があった。ふだん紙媒体に接しない、いわゆるネット歌人も採録されるという、新鮮な企画となった。

  須磨人の海辺常去らず焼く塩の辛きを恋をも吾はするかも(平群氏郎女)
  須磨浦で海女が毎日焼く塩のようなしょっぱい恋をしている(浅草大将)

  朝びらき入江漕ぐなる梶の音のつばらつばらに吾家し思ほゆ(山上臣)
  さびしくってしかたがないよ船底に聴く水音のHome, Sweet Home(村上きわみ)

【書籍情報】
北日本新聞社(編纂)『いまドキ語訳越中万葉』、北日本新聞社、二〇一三年


いまドキ語訳越中万葉

いまドキ語訳越中万葉

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 北日本新聞社
  • 発売日: 2013/09
  • メディア: 単行本



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ナイル2018年7月号掲載歌【#0414】 [ナイル短歌工房]

「おやつ代上限なし」の告知ありネットを辿るデモの前夜に

見慣れしは猫の幟を追ひかけて辿りつきたる議事堂のまへ

ターコイズブルーもしるきカマボコの三台並みてわれを威嚇す

大河よりはなれて座る縁石はひとりに足らぬ吾とぞおもふ

今やうのひとの在処(ありど)をみすゑつつ尾崎行雄はかはらずに立つ

「前へ!前へ!」響かふこゑにその場所へ近づいてゆく決壊のとき

伝説の横断幕はよみがへり垂れ込む空をヘリ旋回す

亡霊のやうに手足を捩りつつ風にあらがふ形代のあり

金髪に染めし思ひをのちに知るひさかたに見るオークダーキの

遠つ方より来たるとふおさなごに手を振られつつ警官は立つ

クッキーをひとつ貰へば日当と過ぐに過ぐせぬネットのうはさ

置き去りの鉄柵を目に辿りつつ思(も)ふ統一と分断のいま

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ナイル2018年6月号連載【〈短歌版〉私の本棚・6 くれない20】 [ナイル短歌工房]

 二〇一七年二月五日、沖縄県青年会館でシンポジウム「時代の危機に立ち上がる短歌」が開催された。主催は同実行委員会と「強権に確執を醸す歌人の会」、「時代の危機に抵抗する短歌」、「時代の危機と向き合う短歌」に続く催しと捉えてよいだろう。前日には普天間基地・辺野古見学も企画され、シンポには県外から約五〇人の短歌関係者が参加した。

 しかし、このシンポは東京で行われた前回より盛り上がりに欠けたように思う。「イデオロギーの相対化」がひとつの問題点となったそうだが、県内の歌人からすればもどかしさが残ったのではないか。他方、県外の歌人には、自らの発言を政治的と捉えられたくない、という意見も見られた。

 手元に、糸満市の「紅短歌会」の合同歌集『くれない20』がある。以前他の原稿を書くとき、沖縄の歌人の歌を読んでみたいと思い、歌人年鑑で住所を調べてもとめたものだ。

 『くれない』を読んで強烈に感じたのは、私たちがカテゴリ分けする生活詠と時事詠・社会詠との区別がつかないし、つけようとするのは無理だということだった。

 私は神奈川在住だが、横須賀や大和を詠めば、それらは明らかに日常から離れ、ある種の意図を持った歌になるだろう。だが、基地と隣り合わせの日常を送る人たちにとって「イデオロギーの相対化」は、物事を広く受け入れられるためのひとつの表現方法ではあっても、あまりに薄べったく、実感と離れたものはないだろうか。

 沖縄については官民を問わず、心ないヘイト発言やデマが目立つ。まず心に留めるべきは、安易な想像で分かった気にならないこと、「相対化」を言うなら、体験者の言動を同等かより重く考えてしかるべきだということだろう。その上で、県外者、訪問者としての詠みは十分ありなのは当然である。

  島人がこぶしをあぐるこの日々に天の心か篠つく雨は(玉城寛子)
  あくまでも「辺野古の海」と口説くのでついついジュゴンの母娘も失笑(わら)う(中村致彦)
  さんぴん茶とおむすび持ちて逢いに行かん大叔母は摩文仁の礎のひとり(大城永信)
  日本国の一部となって四十年民は二国に囚われしまま(金城榮子)
  静かなる朝の和みのこの島を空の戦闘機北へ南へ(嘉手納ハル子)
  日の丸と星条旗のあるフェンスの外ジョギングすれば米兵とあう(中村ケンジ)
  沖縄語(ウチナーグチ)一つ使へと沖縄人(ウチナーンチユー)私の歌に注文つける(大橋文惠)
  メア更迭やむなしの声沖縄を「ゆすりの名人」とはばからず言う(喜納勝代)
  ベンジャミンが殺した写真屋の由美子ちゃん六十余年を影顕つ記憶(玉城洋子)

【書籍情報】
『くれない20』紅短歌会、二〇一四年

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【参考】
『くれない 20』 沖縄の今詠む時代の証人 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
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