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劇詩「暁の寺 准獄の巻」第18の歌「青の玉」 [日本短歌協会]

(建礼門院右京大夫)残照は山の端に消えぬばたまの夜おとずれぬ。今宵しもときは七夕、たらい持ち出で行き逢いの星ふたつ映せば、過去の立ち昇りくる心地せり。筝の音を辿り記憶の海をさまよえば、そのかみに彦星のごと牛車もて吾を拉し去りしひとまなかいに立つ。公達と囃されしかどもののふの子にあればとて去りにしひとが西海の藻屑と消えて幾十年。今日とも知らず、明日とも知らず、遅れ先立つ人は、元のしずく、末の露より繁しと後の世に言いたるひとありとぞ。たのみたるひとを奪いし神ほとけ恨むこころもはや薄れ、髪もおろさず褪せにし袖の色こそ変えね、経うつしみほとけを描き、亡きひとを偲びつつ手遊びの歌にとき過ごしおり。我が歌の一首二首とてのちの世に伝うれば、思うことこそなからめれ。われらが一生、織女牽牛のそにあらずひさかたの空と海のはざまに流れ星のごとはかなし。遠からずわれ逝かむとき変わり果てたる現世を超え、君にまみえん。君が眸に彼の日うつりしわたつみの蒼、今宵われ抱きたる空の碧、ふたつの青の天上に再び出逢いひとつに溶けるとき、たまきわるときわの世にし結ぼおる永遠のいのちあれかし。


参考文献:
大原富枝『建礼門院右京大夫』(講談社文庫)
糸賀きみゑ『建礼門院右京大夫集』(武蔵野書院)

* 冊子「行き違いの」は「行き逢いの」の誤植です。


あゆの風~風の国ニッポンと私(2013年版歌人年鑑掲載エッセイ) [日本短歌協会]

 日本にはさまざまな風の名前がある。季節、地名、方角、植物……実にさまざまな要素が盛り込まれている。四季や地形の変化に富んでいる日本ならではのセンスである。風の名前だけでも二千もある国、というフレーズを思い出す方も多いだろう。
富山地方に「あゆの風」という風があることを最近知った。一般的なことばで言い換えれば「東風(こち)」に当たる。
波が高くなり漁そのものは危険になる反面、あゆの風はさまざまな海の幸を運んでくれる恵みの風でもあったらしい。難破した船を流れ着かせ、積み荷を恵んでくれることもあったようだ。
古来、自然の脅威を畏れながらも、その土地に寄り添い、自然の恵みを享受する生き方は、日本人に脈々と受け継がれているように思う。あれほどの被害を受けてなお、根を下ろしていた土地に住み続けたいという東北の人々のように。
東風(あゆのかぜ)いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟漕ぎ隠る見ゆ(大伴家持)
あゆの風すさべば饗(あへ)を運ぶらし漁る舟の見えつ隠れつ(真理子)

【ゴッホの風】(2013年版歌人年鑑掲載歌12首) [日本短歌協会]

愛咬や散り敷く梅が香のとほく闇間に冴ゆる糸切歯かな

鳥のこゑ静寂を裂けり猥雑はアダンの蔭に身を潜めつつ

一滴の朱に麦ばたけ波立ちてざあとゴッホの風吹き渡る

唇(くち)ふさぐ蜻蛉の翅くろぐろとわたしのこゑを奪つてしまふ

存在は永遠にあやふし現世のうへ一本の錘(つむ)の立ちたり

月の面の蒼きくぼみは眠られず夜を咲ききりし花の墓碑銘(エピタフ)

秋めける風に名前を問ひかけつ夕顏の耳朶かすかに震ふ

弦に弓の触れ拉ぐとき漏れ出づる音ふくみつつ星は尾を曳く

ともすれば芽を吹きたがる種ひとつ潰せる意思は彼岸にあらめ

つと毀れ拡がりゆける卵黄にゆるき破戒のかなしみを見つ

薔薇の実を掌にころがせりげに丸く息づきもせで棘もつ我は

朔月のいろ吸はむとや毒薬(プワゾン)は黒きダリアの身ぬちにかをる


劇詩「暁の寺 遍獄の巻」第16の歌「ぼかしの川」 [日本短歌協会]

(浮舟)のちの世に連理の枝と言うめれど、ふたもとの杉はもとよりひともとならず。自らを裂かれしままに、涙の川の水底に異郷ありやと潜り入れど、そに見しは浄土にあらぬ現世のつづき。橘におういつわりの楽土にありて見はるかす水脈を宇治の流れと覚ゆれど、死の泉より流れ来る冥府の真水やもしれず。行く末の空にかかりて天地を結ぶ淡き光は、煩悩を絶たざりしかば渡れぬと掟せらるる浄土への架橋なるか。色無き袖に落つる涙の絶え間なく、色深き心によしなしごとの浮かびては消え、消えては浮かび、穢れたる水面に立てる泡沫のごと。世のしがらみは川藻の手指、追いすがり我を放さず。迷える魂の行く手は知らね、そを見守れる松明のいと明けれど、楫失える浮舟の往くもならず戻るもならず、此岸と彼岸のあいだ、現世にあらざる穢土に揺蕩うて生くるのみ。補陀洛の都なるかの安らぎに通ずる祈りの出口、我が胎になく我が川のさき、裡にぞ満つる我が海にあり。
ひとを恋い惑へる果てに渡りえぬ川にぞ架けん夢の浮橋。
罪負うて限りをゆかな手を零れなおも満ち来る紺青の海。

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参考文献:
谷崎潤一郎『源氏物語』(中央公論社)
観世流謡本『浮舟』
筒井曜子『女の能の物語』(淡交社)
吉本孝明『源氏物語論』(ちくま学芸文庫)
馬場あき子『穢土の夕映え』(芸術生活社)

劇詩「暁の寺 遍獄の巻」第15の歌「宗教の野」 [日本短歌協会]

(浮舟)あな珍しや、原の彼方に人の影。いずこより時空世界の隧道を超え、此の原にたどり着きしか。此処はわれ世にし背きて辿り着きたる、昼もなく夜もなき原。此岸の果てに庵をかまえ、はや幾とせ。朝には萌え出ずる草も、夕べには萎るる倣い。菫摘む乙女のあれば、野ざらしの白き骨あり。訪う人の絶えてなければ、水鏡に己を映し、来し方行く末を己が心にとつおいつ、無為に日を過ぐしおり。風戦ぐ原の真中に仰ぎ見る樹ひともと、はた宇宙樹か、はた橘の幻か。散り敷ける花ほたほたと、尽くる命に悔いあらざるや。あまたの障り他人のゆえならず、荒める我が身より出でしものなり。現世のくさぐさ我を絡め取り、世を捨つることげに難し。髪おろしひとたびおみな捨てつるも、変容のすべを知らざれば、彼岸へと渡る能わず。生きながら死し、すえ山姥となり果てて、輪廻の糸を手繰るべし。いたづらに清けき葉ずれ時を超え、絡み合う根に繋がるる吾の耳に届かん。
蛍落つ穢土の彼方に棲まいして名もなき魂のただ生くるのみ。
現世を離れて幾とせ此の原にイグドラシルの葉ずれを聞かん。

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悪事やさしく~たそがれどきに優しいうたを(2012年版歌人年鑑掲載エッセイ) [日本短歌協会]

  たそがれの鼻唄よりも薔薇よりも悪事やさしく身に華やぎぬ (斎藤史・魚歌)

 たそがれ。世界が最も美しい時間のひとつだという。薄暮がすべてを包み込み、曖昧に溶かしてしまうからだろうか。昼の顔から夜の顔へ、さまざまなものが束の間すべり落ち、すり替わる刻の裂け目。
たそがれ時に激しい感情は似合わない。前出の歌も、「たそがれの鼻唄」も「薔薇」もやさしいことを前提としている。
では、それよりやさしい悪事とは何だろうか。実際に抱えている秘密か、心をよぎる妄想の類か。いずれにせよそれを思うだけで、身の裡が人知れず艶めくのだ。
 たそがれ時の複雑で刻々と変わる色彩はただ優しいだけではない。人もまた純白でも漆黒でもなく、複雑な色合いの混ざった存在だ。この先いくつになっても、どこかしら禍々しく、よからぬものが底流にある歌を詠みたいと思う。斎藤史が「悪事やさしく」と詠んだように、つかのまの秘め事や優しい嘘に似た悪事を孕む歌を。

  たそがれに咲く花のそも白ければ戦げるほどの悪事ならまし      真理子

(掲載時に空白行はありませんが、読みやすさを考え
1行空けた箇所があります)

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【闇に溶けず】(2012年版歌人年鑑掲載歌12首) [日本短歌協会]

祠より風吹き来たり空の胸につと潜り入る狐の尾見ゆ

「庭の日」を教へし君の言の葉に匂へる夢は飛燕草のあを

罪の夜に吐息は溶けぬひさかたの雨な散らしそあだ桜ばな

雨だれに薔薇は深紅の砂糖漬けショパンを愛づる君が窓辺の

慰めのしづくのひとつ零るれば水琴窟のひそやかに鳴る

所在なきスワンボートを眠らせて湖(うみ)閉ざすかに六月の雨

春鬻ぐひと多き街のかたすみに色づく桑のひとふさを食む

改札に君を送れば雑踏へたがひの生(しやう)を捲いて帰れる

基督を捨てえぬままに抗へば深い(デイープ・)河(リバー)の彼岸見えざり

書き割りの小暗き隅に吾の居場所ひとつ与えよアルマ・マーテル

牢獄(ひとや)なる真闇に染まで生ひ立てばそをアルビノとひとの言ふめり

「光あれ」と言ひけるは誰そ闇に生れし処女子ひとり闇に溶けざり


日本短歌協会よりお知らせ~「相棒season10」制作に参加 [日本短歌協会]

昨日、日本短歌協会の会報21号が届きました。

それによると、日本短歌協会理事長代行で
「ナイル短歌工房」代表の甲村秀雄氏が
テレビ朝日の人気番組「相棒season10」の第三話に
女優の三田佳子さんの短歌指導、
同協会会員で「ナイル」同人の濱谷美代子さんが
書道指導として参加されたそうです。

材料選びには甲村氏も参加され、
選ばれた紺青色の和紙が収録に使われたとのこと。

収録日誌は全文を掲載したいほど面白いのですが
さすがにそれはやめておきます。

この作品「晩夏」はseason10の第三話で
オンエアは11月2日です。
ご興味のある方は是非!

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花の一生 [日本短歌協会]

 クレマチスを身近に植えるのが夢だった。その驕慢とも哀愁ともつかない名の響きに魅せられたかのように。
 もとめた色変わりのクレマチスが、夏近くなってようやく一輪開いた。
 深紅の花びらが徐々に開いていくさまを宝石を掌に包むようにだいじに眺めていたが、咲ききった花は日ごとに赤みを喪って紫に変わり、ある日はらはらと散ってしまった。
 「花の色は移りにけりな」と詠ったのは小野小町だが、女と歌の枯れ逝くさまを花の一生に見た思いである。

(日本短歌協会会報21号掲載)

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劇詩「暁の寺」第24の歌「執拗の罪」 [日本短歌協会]

火と水のまじわるところ
紫草(むらさき)の茂れる野辺に
見交わしもあえぬ現世(うつせ)の
縁(えにし)をし君と結びぬ。

過去(すぎゆき)を思い惑いて
風にのせ声を放てば
そに応え運ばれ来るは
魂迎え鳥(たかむかえどり)のいざない。

あな哀れ枯れし弓弦葉(ゆずりは)、
君を追い世を彷徨(さまよ)えば
奥津城(おくつき)の身の安らわず。
涅槃(ニルヴァナ)はるか。

むらさきの縁を追うて現世(うつしよ)を彷徨う我に涅槃(ニルヴァナ)遠し。

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