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ナイル11月号掲載歌【闇を抱きしむ】 [ナイル短歌工房]

吹き降りの夜になづめばいちまいの空ちりぢりに溺れる魚(いを)は

ぜうぜつの流星群のざわめきのいのちの尽きて 闇を抱きしむ

かこはれて蓮は咲きぬしろたへの百葉箱に風の熄(や)むとき

つかの間のねむりの糸のほつれともみづうみの面のしづもりてあり

うらうらと風の起伏のくりかへすこがねの波をおほふてのひら

うちなびく香のけむりを手繰りよせまた解きはなつ対話のゆくへ

夜なよなを展(ひら)くことのはダアリアの杳き花脣のかすかにふるへ

ナイル10月号掲載エッセイ【夢の中の夢】 ~このごろ見た、夢の話?――歌う現在 [ナイル短歌工房]

  住の江の岸による波よるさへや夢のかよひぢ人めよくらむ(十八藤原敏行朝臣)

 灯りを消してどのくらい経ったのだろう。暗闇の中に電子音が響く。私は身を起こし、チカチカ瞬いている携帯を開く。メールにはひとこと「わたしは今、ベッドにいます」。
 受話器を耳に押し当てると、「もしもし」とくぐもった声が届く。
 話はあちらへ飛び、こちらへ飛ぶ。ふたりはどこへでも行ける。夢だもの。ジベルニーの庭園へ、四ッ谷のバルコニーへ、真夜中のプラハへ、内乱のスペインへ。絵から転がり出たりんごをかじったり、痩せた彫像に手を回したり。
 語り疲れたふたりは部屋に戻り、かすかに皺の残る白いシーツにくるまって眠る。

  夢の中では、光ることと喋ることは同じこと。お会いしましょう(穂村弘)

ナイル10月号掲載歌【てふてふの骨】 [ナイル短歌工房]

降りしきる雨に捲かれてさしむかふ黙のあはひに夜は夜なの

ただひとつ形をさだめ置かれると魔法のわたし靴はからだを

あるは濃くあるはかすれて空白の鏡ゆ生れぬひかりの闇は

足ゆびに摘むひとひらのてふてふの骨をもちたる花のむらさき

こはれては生まれかはりの刻である午前零時にあはす鏡は

「声をたててはいけない」ささやきのよせてはかへす さみだれ

照り映ゆる白の白さかまひるまを意思喪失のアンドロギュノス

きはまれる白のあとさきものいはぬ猫のやさしく眠るゆふぐれ

ナイル9月号掲載評論【呟きを読む、沈黙を聞く】 [ナイル短歌工房]

 もともと「からゆきさん」など底辺の女性史に興味があったところへ、短歌が載っているというので手にした『あさき夢みし』。第二次大戦後の新吉原に売春婦たちの組合があり、機関紙が発行されていたことは驚きだった。売春に身を投じる女性は、貧困による身売りによるものが大半であり、識字率も低いだろうという思い込みがあったからだ。

 組合の成立と「婦人新風」については、『赤線従業婦の手記』解題にまとめられているので、少し長いが引用する。

 「戦後、マッカアー(ママ)サー司令部の命令で、公娼制度が廃止された結果(中略)、売笑は娼妓の自由意志となったので、性病予防の検診制度も従業婦の自主的運営に委されることになった。これによって誕生したのが新吉原女子保健組合である。一種の御用組合であるにはちがいなかったが、占領と民主主義の落し子である。組合は、機関紙「婦人新風」を発行し、焼土の生活苦から身を落した従業婦たちの相互扶助の理想をかかげて苦斗の足跡をのこした。」

 戦争で一家の働き手を失い、売春を余儀なくさせられた女性の中には、それなりの知識・教養を持った者もあったろう。また、作品中から、新制中学校を卒業した者がいることが分かる。新制中学校とは、昭和二二(一九四七)年施行の学校教育法に基づく中学校である。作品のほとんどに現代かなづかい(昭和二一年内閣告示第三三号として公布)が用いられている点からも、戦後教育の影響が見て取れる。

 文芸作品は源氏名での発表でありながら、その内容は現代に通底するところがある。故郷の母親や弟妹に充てた手紙形式の随筆(「母への手紙」落子)。なじみ客に抱いた傷をいたわり合うような、仄かな恋心を描いた短編(「あるなじみ」京子)。仕事に出かける自分を追いかけてくる、認知症とおぼしき母親に「ついて来てはいけない」と呼びかける詩(「一人娘」水島ちよ)。ヒロポンに溺れた後輩を静かに見つめる目(「私」江戸二 栄子)。「身は売っても心は失わない」という矜恃と裏表の、寂しさや客への恋心をにじませた日常(「或る日」民子)。

  はじ多き境遇なれど わが躯*
  三年を病まず 夏やせもせず(君江)

  花火見ず 花火のさまを 書き送る
  故郷への文 うそをとがめな(沙利)

  風涼し 窓辺の小さき風鈴に
  わが子あやせし頃もしのばる(美穂子)

  チチが張る、啼くは蟲の音 渡り鳥
  飛ぶ羽根はなし 窓しめに立つ(波子)

  女という さだめ悲しき日もありき
  女なる故生きてある日日に(つや子)

  広告を下さい という口慣れて
  夜の勤めに 帰る足重し(のり子)

  母に出す 筆の穂先にあらわれる
  文字を知らず 浮ぶ面影(澄子)

  粉雪舞い ネオン冷き凍道を
  人影一つ 黒く走りぬ(愛子)

  洗いあげし 肌着の白さも悲しかり
  恋しらずして 今ある吾は(よし子)

 では、現代において、性産業に従事する女性たちは何を語っているのか。

 二〇一六年五月、沖縄県うるま市で、ウォーキング途中の二十歳の女性が、米軍属により殺害・遺棄された。大阪府知事の橋下徹氏は、以前いったん撤回した「米軍による日本の風俗活用のススメ」を再度ツイートした。この発言に対しては「#現役風俗嬢・元風俗嬢の意見」というハッシュタグができ、経験者や現役の「嬢」が「性風俗は性犯罪者予備軍受け入れ施設ではない」などと反論の声を上げた。

 「中学生が売春に走る沖縄の貧困の残酷な現実」という記事では、非合法の性産業に従事する沖縄の女性たちが取り上げられている。子育てのためのダブルワークとして、非合法の性風俗店で働く五十代の女性。高校生になるまでは正規のアルバイトにつけないため、違法に売春する中学生。被用者の事情もあり、いきなりやめることはできないからと、違法を承知で白看板を掲げる業者。
 本土が高度成長期を謳歌していた頃、沖縄はアメリカの統治下にあり、日本の経済発展から取り残された。その影響は深刻で、未だに尾を引いている。

  生きるとは耐えることなの六十六年日米の差別楔打ちたし
  (喜納勝代/水のかがやく『くれない 20』)

 吉原遊郭は昭和三三年の売春防止法施行によって閉鎖されたが、職場から追放される売春婦たちは、その成立に反対したという。赤線地帯の業者の搾取よりも、非合法な青線や街娼の背後にある黒幕を恐れていたようだ。主に経済的理由から売春婦になった彼女たちのその後は想像に難くない。倫理的に「正しい」はずの売春婦解放の、逆の側面である。不況からの出口の見えない今、さきに挙げた沖縄に限らず、貧困から違法に売春をする女性は全国におり、若年化も目立つ。

 彼女たちが思いを訴える場所はあるのだろうか。素性が明らかになることを恐れ、沈黙を守らざるを得ないのではないか。

 呟きを読もう。沈黙を聞こう。詩歌に限らず、芸術は権力に与するものであってはならないと、私は思う。

【参考】
河村シゲル(監修)『あさき夢みし 吉原遊女たちのプレカリアート文芸』大洋図書,二〇〇九
新吉原女子保健組合 (著), 関根弘(編集)『赤線従業婦の手記 明るい谷間復刻版』土曜美術社,一九九〇
中学生が売春に走る沖縄の貧困の残酷な現実(東洋経済オンライン,二〇一六年六月十六日)
『くれない 20 合同歌集二十集』紅短歌会,二〇一四

* 原文では異字体

ナイル9月号掲載歌【くれなゐをよむ】 [ナイル短歌工房]

その子二十歳ゆめ多からむかぎろひの春はおぐらき路傍に絶たる

 (本歌:その子二十歳櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな(与謝野晶子))

集ひしはむよろづあまり呼びかはし呼び起こさるる大地のうねり

みづからを確かむるがにわかうどのうちなーぐちの訥々として

アーサーのふはりと香るひとときをフードコートにそば啜りをり

我がことと哭けぬわれなりわだつみの海をへだてて遠きオキナワ

あらがきの外(と)にふく風にあらがひつ咲かむデイゴのくれなゐをよむ

その票を捨つるなといふ若きらに交じり語らふすぎゆきと、いま

ナイル8月号掲載歌【INORI】 [ナイル短歌工房]

深くなるほどに波だつむらぎもの心のひだのあをくあること

くちびるを覆うてしばしためらはぬよこがほに照るハザードのいろ

ずらす手に探りあてては目をあはせふくみ笑ひのあんぱんの臍

ひそやかな拍動のあり傾ぎゆくなみうちぎはに憩ふまひるま

のうのうと絡みあひたる虹の辺によせてはかへす潮鳴りをきく

泊まりえぬひとをかへしてふたりぶん手足をのばすひとよの宿に

煮つまれる林檎はあましひとときの黙をたのしむ夜ごとの対話

ひそやかに扉をたたくあさなさな綯ひあはせましむらさきのいと

ヒバクシャの遺品にむかふひとときを望みしと聞くバラク・オバマは

あはあはとひろげられたるおりづるのつばさのふちにINORIをたくす

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佐々木禎子(原爆の子の像のモデル)の甥、佐々木祐滋。65年目の原爆の日に広島・平和公園で禎子の想いを綴った曲「INORI」を熱唱。

造形芸術×短歌 ご兄妹のコラボレーション [ナイル短歌工房]

宮野恵美子個展「Beyond Fairy Tales」
今月8日から23日まで、
六本木のストライプハウスギャラリーで開催されています。

オープニングに私は伺えませんでしたが、
たいへん盛況だったと伺いました。

席上、恵美子氏のお兄様であり、結社の大先輩でもある
宮野克行氏の短歌朗読が行われました。

ちなみに、歌集『水の皮膚』の表紙デザインは、
恵美子氏の手になるものです。


            
  ストライプハウスギャラリー   2016・7・8
                                  
『夢の舌ざわり』

直立の その沈黙の 窒息の なみだってゆく 青空

せせらぎを またいで青く 錆びてゆく 心電図見え 深く

細長く こう上体を もたせかけ たわめてゆける 銀の燭台

少女アリス 固い乳首を とがらせて 汚れてゆく午後 浄らかな空


 『水の皮膚』

肌にそう この触覚の たっぷりと ひらかれたまま 閉じられること

「想像力は死んだ 創造せよ」 このかぐわしい肉体 帝国の朝

忍ぶんだ 違和も羞恥もひらいてる バラ発熱の正午

完全に この紫の つややかな 視野は放心の すみれ 


個展に寄せて

ぽつぽつと おちてくる雨 息をため みつめるむこう 妖精の尻尾(フェアリーテイル)

薔薇をいだく しわくちゃなやみ 陽ははるか 空はかたくな 青いまひるま

いちにんの 天使悪タレ 足をのばし キックする空 まっ青な空

わたしはね あなたじゃないの 天使さん あんよは上手 手の鳴るほうね


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ナイル7月号掲載歌【なながつの来る 】 [ナイル短歌工房]

国旗・国歌、踏み絵となさむ烈風をパンクロックに歌へ『君が代』

「偏ってますが、なにか?」と問ふひとの問ふ「均衡」の傾ぎやまざり

迎へ撃つ声ごゑあまた そらみつ アンティファ休むいとまなき国

こひびとの話をしよう さくらぎの律動をきくうたをあはせて

はつなつは虹の祭典さきをゆく外つ国ぐにのことぶれを読む

はなぐはしさくらふぶきのいちぢんの これがぼくの心臓の音

にはたづみ波がしら立つかはせみの引く垂線のひかり、あなたの

知りがたきことと流せば流されて 「なめんなよ」とふ言葉にもまた

影おとすまつげの濃きに沿うてゐるいちにちを閉ざされてUnforgettable

知らされぬこと多かりしひととせの記憶を問はむなながつの来る

ナイル6月号掲載歌【白蓮の降る】 [ナイル短歌工房]

いみしんの「失恋」の意味あやふくてあなたを前にふるえゐること

かたいとの終はりのはじめひとけなき冬の底ひに身を捨ててしか

差しかはすこゑの芽ぐみよ 凍てかへる今宵を吸うて白蓮の降る

山脈(やまなみ)の背なのくづれる。海鳴りの響かふもまた、撓むかひなの

咲きいそぐ花はどうして 浅き夜をああいふことになつてしまつた

しめやかに声はとぎれてぬばたまの宇宙の塵の降りきたり いま

しゆんしう、と呟いてみる 重ねゐるあなたの背なのかすかにふるへ

ベランダに海を臨まぬヨコハマはソーダの泡のわづかに苦し

巡りあふ別れもあらむクロイツェル・ソナタに戦ぐ綯ひのふたすぢ

しなだゆふ肌(はだへ)をわたるさざなみの午睡の夢にうさぎは跳ねる

ナイル5月号エッセイ【再会】~日本酒かビールかワインか……歌う現在 [ナイル短歌工房]

 宮尾登美子の短編集『楊梅(やまもも)の熟れる頃』の冒頭に、『おきみさんと司牡丹』という一篇がある。毎年十月になると広島から司牡丹にやって来て、仕込みの間だけ滞在する、寡黙な蔵人の恒さん。同じ間を賄いとして働く、気っぷのいい土佐の女、おきみさん。毎年、工場挙げての夜桜見物の晩にだけ、一緒に縄のれんをくぐる。もう若くない二人の、心の揺れを描いた作品だ。
 読んで何年後だろう。酒屋の薄暗い隅で目に留まった、紅白の牡丹のラベル。「これだったんだ!」初めて味わった司牡丹は香りのうちにもぴりっと辛く、記憶の底の短編がまざまざと立ち上がってきた。
 それ以来、司牡丹を好きになってずいぶん経つ。口にすると今でも、おきみさんと恒さんの不器用な恋を思い出す。にんげんのいとなみとは、かくもほろ苦く、それでいて一途、ままならぬまでもよいものなのだと教えてくれた味を賞めながら。


楊梅(やまもも)の熟れる頃 (新潮文庫)

楊梅(やまもも)の熟れる頃 (新潮文庫)

  • 作者: 宮尾 登美子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1986/03
  • メディア: 文庫


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