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ナイル2017年3月号掲載歌【冬の休日】 [ナイル短歌工房]

その冬の休日のありふたつ名の虹のわたせる橋のたもとに

頬をよせまどろむ午後の水はあをくまつげに掬ふひかりのふるへ

ゆふづつは部屋のどこかにオレンジをふたつ転がすまちがひさがし

ひとごころともしき夜の灯のもとにことしの小さき咎をあがなふ

不在なるあしたのへりは天窓の吐息にそまる かげの鋭角

むらさきの色をとどむる沙羅双樹。常世の国にさをしかは跳ぬ

山門をくぐればひとりつゆしものじふぐわつざくら 風は死んでいたか

隠れ家に午後のしじまの深くして刻の襞なすきぬずれのこと

日だまりは水なき河を分かちつつげにえいえんのひとときをもつ

石だたみあしもとふかく砂のながれまさぐる海はとほいむらさき

ナイル2017年2月号掲載歌【水はひろがる】 [ナイル短歌工房]

ふかぶかと朽ち葉のしとね尖りゐるゆりの木ぬれに陽の宿りけり

色のなき更紗のへりは閉ざされてはつかに軋むベッドサイドに

息をかはす夜の深みゆきゆらゆらの足指の描くひらかなはふゆ

閉ざされた眸のさきにある霧はあをく薄らいでゆく夜の円環

肩口にむらさきの闇すんすんと眠らぬ真夜のサーキュレーター

朝ぼらけ目覚めのあひの黙ふかくうすくれなゐの水はひろがる

黄葉はさんざんと陽をかはしつつ身ぬちの熱を伏すたなごころ

なにとなく指をからめるしろかねの糸はつふゆの潮風に吹かれ

ものいはぬ目の閉ぢずありみなしたふ紅き尾びれは窓の辺に揺る

うつせみは空白の陽にうづくまるカロートに吹く風は風なの

ナイル2017年1月号掲載歌【薄紙を折る】 [ナイル短歌工房]

見かぎられ突つ立つてゐる あがなへばうつ向いて咲く カサブランカ

あかねさすまひるまの闇ふかくして深い吐息のいきのゆくへは

端をつかむ糸を手繰ればぬばたまのひとよの海の 迷宮(ラビリンス)

まひるまに交はす吐息かゆく秋の栞のはつか眼のふちにゐて

「海の味」「海の匂ひね?」問ひかへし繰りかへしつつ薄紙を折る

とつおいつさくらもみぢは貝のから寄せてはかへす海鳴りのこと

だまつて さらされたまま そらみつ こはれゆくいのち ときのくさび、いま

風を折る そのきつさきの鈍いろの海にしづもる真夜中のこと

ナイル2016年12月編集後記 [ナイル短歌工房]

 今年一番の出来事は何かと問われれば、参院選と沖縄と答えるだろう。短歌シンポでも危惧された統制への疑念から、複数の候補の演説に足を運び、環境保護に熱心な地元店舗で開催された選挙トークにも参加した。

 五月、沖縄うるま市での米軍属による殺害遺棄事件から、九五年に次ぐ大規模な基地反対集会。参院選翌日からの、高江のヘリパット工事。

 基地反対という民意で選ばれた議員は、翌日から現場へ急行せねばならなかった。これでよいのか。九月号の評論は、手元にあった本をもとに、そんな思いにかられて纏めた。

 大きな収穫は、短歌年鑑を頼りに、糸満市の紅短歌会と連絡を取ったこと。ナイル九月号をお送りし、「くれない」九月号を送っていただいた。日常詠と時事詠が切っても切れない状況があること、ある視点に否応なく放り込まれる方々が今もあることを思う。



原稿は改行無しだったのですが、紙面の都合上
他の欄に改行を加えて掲載されたので、誌面に準じました。

ナイル12月号掲載歌【夕なぎ】 [ナイル短歌工房]

降る雨はひかりの束にさえぎられけふみづくきの湖底まひるま

贄となる魚のあることさしむかふ身ぬちにかはす血のいろのこと

身をめぐる息のあをさよ繰りかへしくりかへす間をなみがしら立つ

ひとひらの皮膚の剥がれてマグノリア乾いた土のしとねに溶ける

さしかはすかひなはあをき水を欲りそのたまゆらをたゆたふリアス

生れぬ子はをんなであらう鉢に割るたまごの面にひとすぢの朱

うなだれる枯れ蓮の実を穿ちつつ月日をわたる蟲のいのちは

閉ざされたロスコルームにえいえんの刻ありぬべし呼吸ひとつの

ゆふがすみかひなのうちのつかのまの眠りの息の夕なぎのこと

ナイル11月号掲載歌【闇を抱きしむ】 [ナイル短歌工房]

吹き降りの夜になづめばいちまいの空ちりぢりに溺れる魚(いを)は

ぜうぜつの流星群のざわめきのいのちの尽きて 闇を抱きしむ

かこはれて蓮は咲きぬしろたへの百葉箱に風の熄(や)むとき

つかの間のねむりの糸のほつれともみづうみの面のしづもりてあり

うらうらと風の起伏のくりかへすこがねの波をおほふてのひら

うちなびく香のけむりを手繰りよせまた解きはなつ対話のゆくへ

夜なよなを展(ひら)くことのはダアリアの杳き花脣のかすかにふるへ

ナイル10月号掲載エッセイ【夢の中の夢】 ~このごろ見た、夢の話?――歌う現在 [ナイル短歌工房]

  住の江の岸による波よるさへや夢のかよひぢ人めよくらむ(十八藤原敏行朝臣)

 灯りを消してどのくらい経ったのだろう。暗闇の中に電子音が響く。私は身を起こし、チカチカ瞬いている携帯を開く。メールにはひとこと「わたしは今、ベッドにいます」。
 受話器を耳に押し当てると、「もしもし」とくぐもった声が届く。
 話はあちらへ飛び、こちらへ飛ぶ。ふたりはどこへでも行ける。夢だもの。ジベルニーの庭園へ、四ッ谷のバルコニーへ、真夜中のプラハへ、内乱のスペインへ。絵から転がり出たりんごをかじったり、痩せた彫像に手を回したり。
 語り疲れたふたりは部屋に戻り、かすかに皺の残る白いシーツにくるまって眠る。

  夢の中では、光ることと喋ることは同じこと。お会いしましょう(穂村弘)

ナイル10月号掲載歌【てふてふの骨】 [ナイル短歌工房]

降りしきる雨に捲かれてさしむかふ黙のあはひに夜は夜なの

ただひとつ形をさだめ置かれると魔法のわたし靴はからだを

あるは濃くあるはかすれて空白の鏡ゆ生れぬひかりの闇は

足ゆびに摘むひとひらのてふてふの骨をもちたる花のむらさき

こはれては生まれかはりの刻である午前零時にあはす鏡は

「声をたててはいけない」ささやきのよせてはかへす さみだれ

照り映ゆる白の白さかまひるまを意思喪失のアンドロギュノス

きはまれる白のあとさきものいはぬ猫のやさしく眠るゆふぐれ

ナイル9月号掲載評論【呟きを読む、沈黙を聞く】 [ナイル短歌工房]

 もともと「からゆきさん」など底辺の女性史に興味があったところへ、短歌が載っているというので手にした『あさき夢みし』。第二次大戦後の新吉原に売春婦たちの組合があり、機関紙が発行されていたことは驚きだった。売春に身を投じる女性は、貧困による身売りによるものが大半であり、識字率も低いだろうという思い込みがあったからだ。

 組合の成立と「婦人新風」については、『赤線従業婦の手記』解題にまとめられているので、少し長いが引用する。

 「戦後、マッカアー(ママ)サー司令部の命令で、公娼制度が廃止された結果(中略)、売笑は娼妓の自由意志となったので、性病予防の検診制度も従業婦の自主的運営に委されることになった。これによって誕生したのが新吉原女子保健組合である。一種の御用組合であるにはちがいなかったが、占領と民主主義の落し子である。組合は、機関紙「婦人新風」を発行し、焼土の生活苦から身を落した従業婦たちの相互扶助の理想をかかげて苦斗の足跡をのこした。」

 戦争で一家の働き手を失い、売春を余儀なくさせられた女性の中には、それなりの知識・教養を持った者もあったろう。また、作品中から、新制中学校を卒業した者がいることが分かる。新制中学校とは、昭和二二(一九四七)年施行の学校教育法に基づく中学校である。作品のほとんどに現代かなづかい(昭和二一年内閣告示第三三号として公布)が用いられている点からも、戦後教育の影響が見て取れる。

 文芸作品は源氏名での発表でありながら、その内容は現代に通底するところがある。故郷の母親や弟妹に充てた手紙形式の随筆(「母への手紙」落子)。なじみ客に抱いた傷をいたわり合うような、仄かな恋心を描いた短編(「あるなじみ」京子)。仕事に出かける自分を追いかけてくる、認知症とおぼしき母親に「ついて来てはいけない」と呼びかける詩(「一人娘」水島ちよ)。ヒロポンに溺れた後輩を静かに見つめる目(「私」江戸二 栄子)。「身は売っても心は失わない」という矜恃と裏表の、寂しさや客への恋心をにじませた日常(「或る日」民子)。

  はじ多き境遇なれど わが躯*
  三年を病まず 夏やせもせず(君江)

  花火見ず 花火のさまを 書き送る
  故郷への文 うそをとがめな(沙利)

  風涼し 窓辺の小さき風鈴に
  わが子あやせし頃もしのばる(美穂子)

  チチが張る、啼くは蟲の音 渡り鳥
  飛ぶ羽根はなし 窓しめに立つ(波子)

  女という さだめ悲しき日もありき
  女なる故生きてある日日に(つや子)

  広告を下さい という口慣れて
  夜の勤めに 帰る足重し(のり子)

  母に出す 筆の穂先にあらわれる
  文字を知らず 浮ぶ面影(澄子)

  粉雪舞い ネオン冷き凍道を
  人影一つ 黒く走りぬ(愛子)

  洗いあげし 肌着の白さも悲しかり
  恋しらずして 今ある吾は(よし子)

 では、現代において、性産業に従事する女性たちは何を語っているのか。

 二〇一六年五月、沖縄県うるま市で、ウォーキング途中の二十歳の女性が、米軍属により殺害・遺棄された。大阪府知事の橋下徹氏は、以前いったん撤回した「米軍による日本の風俗活用のススメ」を再度ツイートした。この発言に対しては「#現役風俗嬢・元風俗嬢の意見」というハッシュタグができ、経験者や現役の「嬢」が「性風俗は性犯罪者予備軍受け入れ施設ではない」などと反論の声を上げた。

 「中学生が売春に走る沖縄の貧困の残酷な現実」という記事では、非合法の性産業に従事する沖縄の女性たちが取り上げられている。子育てのためのダブルワークとして、非合法の性風俗店で働く五十代の女性。高校生になるまでは正規のアルバイトにつけないため、違法に売春する中学生。被用者の事情もあり、いきなりやめることはできないからと、違法を承知で白看板を掲げる業者。
 本土が高度成長期を謳歌していた頃、沖縄はアメリカの統治下にあり、日本の経済発展から取り残された。その影響は深刻で、未だに尾を引いている。

  生きるとは耐えることなの六十六年日米の差別楔打ちたし
  (喜納勝代/水のかがやく『くれない 20』)

 吉原遊郭は昭和三三年の売春防止法施行によって閉鎖されたが、職場から追放される売春婦たちは、その成立に反対したという。赤線地帯の業者の搾取よりも、非合法な青線や街娼の背後にある黒幕を恐れていたようだ。主に経済的理由から売春婦になった彼女たちのその後は想像に難くない。倫理的に「正しい」はずの売春婦解放の、逆の側面である。不況からの出口の見えない今、さきに挙げた沖縄に限らず、貧困から違法に売春をする女性は全国におり、若年化も目立つ。

 彼女たちが思いを訴える場所はあるのだろうか。素性が明らかになることを恐れ、沈黙を守らざるを得ないのではないか。

 呟きを読もう。沈黙を聞こう。詩歌に限らず、芸術は権力に与するものであってはならないと、私は思う。

【参考】
河村シゲル(監修)『あさき夢みし 吉原遊女たちのプレカリアート文芸』大洋図書,二〇〇九
新吉原女子保健組合 (著), 関根弘(編集)『赤線従業婦の手記 明るい谷間復刻版』土曜美術社,一九九〇
中学生が売春に走る沖縄の貧困の残酷な現実(東洋経済オンライン,二〇一六年六月十六日)
『くれない 20 合同歌集二十集』紅短歌会,二〇一四

* 原文では異字体

ナイル9月号掲載歌【くれなゐをよむ】 [ナイル短歌工房]

その子二十歳ゆめ多からむかぎろひの春はおぐらき路傍に絶たる

 (本歌:その子二十歳櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな(与謝野晶子))

集ひしはむよろづあまり呼びかはし呼び起こさるる大地のうねり

みづからを確かむるがにわかうどのうちなーぐちの訥々として

アーサーのふはりと香るひとときをフードコートにそば啜りをり

我がことと哭けぬわれなりわだつみの海をへだてて遠きオキナワ

あらがきの外(と)にふく風にあらがひつ咲かむデイゴのくれなゐをよむ

その票を捨つるなといふ若きらに交じり語らふすぎゆきと、いま

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