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カジノのこと [時事]

7月23日に、「カジノいりますか?いりませんか?」
寿町のシール投票に同行した。

理由はいくつかある。

私のかかりつけの病院は、日本三大ドヤ街のひとつ、寿町の近くにある。
当然ながら、生保受給者を受け付ける病院で、地域の患者仲間も多い。

深刻な依存症患者を知らないということもあるが、
私の知っている人達は
生活の範囲内で当てれば仲間にビールの一缶もおごってやり、
そこそこのバランスを保っている人がほとんどだ。

現市庁舎の近隣には、競馬と競艇の場外売り場があるが、
病院関係者からは、川崎や小田原から歩いた人がいるという話も聞いた。

そこへカジノが誘致されれば、言い方は悪いが
「尻の毛までむしられる」人が増えるばかりでなく、
踏みとどまった貧困者を含めてのバッシングから、
生活保護費の現物支給(食券など)の議論の過熱もあるだろう。

付け足りの「依存症対策」という、現職の主張に危惧を抱いていた。

また、寿町は過去を知られたくない人も多い。
病院でも、受付で名を呼ばれるから名字を知る人がほとんどだ。
そこへ部外者が行ってどうなるか。拒絶されないか。
訳ありの人が多い土地柄、駅頭と同様に質問・撮影されては
回答してくれない人も多いだろう。

そんなこんなで事前に配慮してほしいこともあり、同行を決めた。

結論としては、行ってよかったと思う。

他の場所と違い、例えば2階の窓から意思表示をしてくれた方の分は、代理で貼るなど。
仲間に声をかけてくれる方もあった。
皆さんご自分の体験もあり、地域が悪くなるとか、これからのためには要らないという意見も。
一方で、活性化を期待する声もあった。
「自分には関係ない」という意見も重く、それ以上聞く気持ちにはならなかった。

暑い時期の午後の最も人通りの少ない時間、それも月末に近い時期、
(生保受給日は月初なので、お金がない時期に差し掛かり、外出する人が少ない)
100人を超える方の意見を聞けたのは、
他の場所に比べたら回答数は少ないかもしれないが、
予想外に多かったと思う。

声をかけて断られた方はわずかで、本当に多くの方にご協力いただきました。
「ご苦労さま」「暑いから気をつけて」との励ましもいただきました。
ありがとうございました。

ツイキャス配信に際し、アンケート回答者のプライバシーに配慮していただいたことにも
お礼を申し上げます。

で。
10月号の詠草は、この日のことをまとめました。
市長選の結果が出てからでは何かが変わる気がしたので、その前に。
力不足で言い足りないことは山とありますが、今の力いっぱいで詠みました。

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今日は選挙 [時事]

その票を捨つるなといふ若きらに交じり語らふすぎゆきと、いま

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風評差別 [時事]

幼なさへ礫放つか被災地を逃れゆく子にモザイクのあり (2011.04.10)

転入先でのいじめを慮っての処理だと思います。大人でさえ愚かな差別をしているのですから、子供とて真似をするでしょう。「汚染地」とするか「被災地」とするか迷いましたが後者を選びました。

ふらここもやまひ伝染(うつ)ると避けられし遊廓(くるわ)の子への差別ふたたび(2011.04.14)

遊廓の子だった知人の歌手。滑り台もぶらんこも、彼が使ったら病気が伝染るからと雨が洗い流すまで誰も乗らなかったと言います。避難先の遊園地で遊んでいた兄弟が避難元を聞かれて逃げられたニュースに心痛みます。


<東日本大震災>「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見
毎日新聞 4月13日(水)22時17分配信

 原発事故で被ばくを恐れ福島県から避難してきた子供が「放射能怖い」と偏見を持たれるケースがあるとして、千葉県船橋市教委が全市立小中学校長らに配慮するよう異例の指導を行っていたことが分かった。福島県南相馬市から船橋市へ避難した小学生の兄弟の事例では、公園で遊んでいると地元の子供から露骨に避けられたという。兄弟は深く傷つき、両親らは別の場所へ再び避難した。大震災から1カ月たつが、福島第1原発の深刻な事態が収まる見通しは立っていない。知識の欠如に基づく差別や偏見が広がることを専門家は懸念している。【味澤由妃】

 南相馬市の小学生の兄弟のケースは、避難者の受け入れ活動に熱心な船橋市議の一人が把握し、市教委に指摘した。市議によると兄弟は小5と小1で、両親と祖父母の6人で震災直後船橋市内の親類宅に身を寄せ、4月に市内の小学校に転校、入学する予定だった。

 兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。

 福島県から県内に避難し、この家族をよく知る男性は「タクシーの乗車や病院での診察を拒否された知人もいるようだ。大人たちでもこうなのだから、子供たちの反応も仕方がない。でも、当事者の子供はつらいだろう」と話す。

 市議の指摘を受け、船橋市教委は3月28日「(放射能への)大人の不安が子どもたちにも影響を与え、冷静な対応がとれなくなることが危惧される」として、避難児童に「思いやりをもって接し、温かく迎える」「避難者の不安な気持ちを考え言動に注意する」よう市立小中学校長らに通知した。

 市教委によると今月から市内の学校へ通う被災者・避難者の子供は43人で、うち38人は福島県出身という。

 避難児童を多数受け入れる市立行田西小学校の中村俊一校長は、「温かく迎えるのは言われなくても当たり前のこと」と強調。「放射能を巡る偏見や方言で児童を傷つけることがないよう注意深く見守ろうと、教職員に何度も話している。始業式や入学式で『いつか古里に帰れる日が来るでしょう。その時に船橋に来て良かった、友達ができて良かったと思ってもらえるよう仲良くしてください』と呼びかけた」と話す。

 市教委に指摘した市議は「話を聞き、心がさみしくなった。船橋の子供たちにはいつも『思いやりのある人になってほしい』と言っている」と話す。

   ◇  ◇

 千葉市稲毛区の放射線医学総合研究所(放医研)は福島第1原発事故直後の3月14日、放射線や被ばくを巡る電話相談窓口を開設。研究員や退職者6人が朝から深夜まで応対している。相談は主に首都圏から寄せられ、すでに6000件を超えている。

 震災直後は「原発近くに住む親類を家で受け入れたいが、自分の子に影響はないか」という内容が多かった。その後、避難者の数が増えると「アパートの入居で難色を示された」「福祉施設や病院で被ばく線量を調べるスクリーニング検査の証明書の提出を求められた」などの相談が急増した。

 今回の船橋のケースも踏まえ、放医研の柿沼志津子博士は「大人をまず教育したい。受け入れる側が心配すべきことは何もありません。むしろ心配しすぎる方が体に悪い」と指摘。「放射線について正確な知識に基づき、『正しく怖がる』ことが大切です。もっと勉強してほしいし、私たちも理解を深めてもらえるよう努力しなければならない」と話す。放医研は相談窓口(電話043・290・4003)を当面続けるという。

震災詠十首 [時事]

地震(なゐ)ふるに開きたる戸より迷ひ出し猫戻れるをただ抱きしむる

うばたまの闇に炎のいろ寒くコンビナートの在処(ありど)に燃ゆる

重りかに静寂の息の満ちゆきてうつはに沈む大地震(なゐ)の夜

くさぐさの想ひ乗つたり灯もかそく赤き電車は闇を渉れる

うち続く夜半の余震に慣れもせで猫わが膝に寄りて離れず

沈黙はやがて祈りの刻と化すけふも応へなきweb171

平らかな留守電サービスの声聞こゆ汝が携帯はいづこに生くる

地震(なゐ)に従(つ)く題に怖ぢつつ詠みすすむ我うたびとの咎を思へり

廃港に降り来る月を慕ひてし迦具夜(かぐや)に衣を漱ぎの水を

いのちあれば春来たるべし仙人草(クレマチス)枯れ茎に芽の吹き初むる朝


この十首は「ナイル」6月号の原稿として出したものです。
添削の結果はまだ来ませんし、
掲載分としてのアップが2ヶ月先になることを思い、
今詠んだままをアップすることにしました。

結社の代表からは
「短歌は山あり谷あり、マラソンといっしょです。作り続けたものが勝つのです。たとえ10首できなくても休詠せずに頑張るように。」
というメッセージがあったそうです。

ただ、同じグループに所属する方々は私よりタフなのか
逆に「十首まで」という制限を気にするようなコメントが
続いたことは、内心非常にきつかったと敢えて言いたいと思います。

短歌朋友(うたとも)には、直接被災したかどうかにかかわらず
心理的重圧で当初は詠めないと仰った方が複数おられました。
また、他の結社に所属する方から
「現実と対峙できる重みを持った言葉を発しているか否かを
常に自問すべき」というご意見もいただきました。
私自身としては、ネットから歌の世界に入ったという経緯もあり、
結社誌に限らず、特に不特定多数の方の目に触れるネットの場では
自らの発する言葉が適切か、不快あるいはきつく
(ショックあるいは重圧に)思う人がないか、
常に自問していきたいと思います。

地震の後しばらく(今もそうですが)、
普段通りの歌を詠むことはできません。
「こんな時に歌を詠んでいていいのか」というだけでなく
直接被災したわけではないのに、何でも歌のたねにしていいのか、
直接の被災者でない自分が何を読んでも
現実に添わないのではないかといった逡巡もあり、
震災詠を詠むことにためらいもありました。

先人の辿ったみちを知るべく、
関東大震災にかかわる窪田空穂の歌や、
直近の阪神淡路大震災の歌なども読みました。

ですが、高度成長期の生まれで関東在住ということもあり
今まで大きな災害を体験していない身として、
躊躇っても紡ぎたい言葉がある場合は
詠むべきだろうという結論をあえて出しました。

3月11日、私は横浜駅近くの仕事先で地震に遭いました。
これはただごとではないと思い、早めに駅に向かったものの
電車はすでに動いておらず、乗り場へ向かうまでにバスも運行停止、
それでも徒歩で帰宅しようと決心するまでに小一時間かかりました。

運良く何度か車で通った道でもあり、何となく土地勘もあったので
地下鉄2駅分歩いたところで、迎えに来た夫と行き会い拾ってもらいました。

一首めの猫の歌は震災当日の夜遅く詠んだものです。

帰宅してみれば床にものが散乱し、風通しのために1センチほど
開けておいたベランダのサッシが30センチ以上も開いています。
猫の数を確認したところ、案の定1匹足りません。
内心なきがらを拾うつもりでマンションの周囲を探しましたが
いないので、防火壁の下を通って右往左往しているのだろうと
餌を用意して待つことにしました。
当日深夜、小一時間も名前を呼び続け、
怯えて冷え切った小さな体を抱き取ったときのことは忘れません。

また、津波で大きな被害を受けた地域に在住の
知人の安否は未だにわかりません。
昨日(25日)になって避難者名簿に同姓同名の記載が載りましたが
在住の地域ではないので、同名異人ではないかと思います。

顧客の方にも歌で接している方にもご親戚を亡くされた方があり、
心からお悔やみ申し上げます。

最後に、震災当日自分の無事を知らせる意味もあってアップした歌に
即座に無事を喜んでくださった方、
全部は公開できませんが震災と歌人のありかたについて
真摯なご意見をくださった方々に厚くお礼申し上げます。

   大震災と短歌
   敬愛する短歌朋友(といっても十年選手ですから畏敬ですね)、
   「短歌人」の坂本野原さんのブログです。

   震災から一週間。
   「うたのわ」や題詠blogで精力的に詠んでおられる三沢左右さんの記事です。

【追記】
安否の分からなかった知人は、26日深夜本人からのメールで
無事が確認できました。
ただ、ご親戚・お友達には犠牲者が出たとのこと、お悔やみ申し上げます。

サルコジ政権のロマ国外送還を詠む [時事]

国もたぬ民ぞかなしき管絃の響かふ宴ときのまにまに

このニュースは「うたのわ」におられるimraguenさんのブログ
フランス語の砂漠:エグゾティスムは他人の日常」でまず知りました。

やはり本国のことですから報道が早いのですね。

1週間ほどして、最近の抗議デモが日本でも報じられました。

サルコジ大統領はいわゆる「右寄り」として知られていますが、
これはサルコジ政権の掲げた主要な政策のひとつで
「治安維持」を目的としているようです。

ただ、ロマが少数民族であること、たいそう簡略化した手続で送還を決めていることなどから
EUでも疑問の声が上がり、ローマ教皇庁からも反対の声明が出たとか。

相対的に犯罪者が多いのかもしれませんが、
少数民族を十把一絡げにしたような排斥には反対です。

日本でこういうことを話題にすると必ずと言っていいほど
アジア人に対する差別的発言が聞かれますが、
フランスはもともと人種の出入りが激しく、他国と地続きの国ですから
移民や不法滞在者、外国人労働者などの問題は日本よりずっと身近なのだと思います。

「管絃のひびき」はシューマン「流浪の民」の歌詞(石倉小三郎訳)から採りました。


ところで、先日の大規模な送還反対のデモには歌手のジェーン・バーキンさんが参加し、
移民相の窓の下で「Les P'tits Papiers」を歌ったそうです。
これはセルジュ・ゲンズブールが彼女のために書いた歌で、不法滞在者の排斥に反対する内容だそうです。

たまたま昨日、ショパンのプレリュード第2番を聴く機会がありました。
蜜月時代にゲンズブールが「Jane B」という歌詞をつけたのはこの曲です。

最近のジェーン・バーキンは社会的な活動が目立ちますが、
写真を見ても「自分をきれいに見せよう」などという意図は微塵もなく
ゲンズブールの曲をひっさげて自己の考えを主張する姿には
ある種の感慨と共感を覚えます。

ふるふるとショパン歌いしジェーンB汝はいまデモのただなかに立つ

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マツダの無差別殺傷事件を詠む [時事]

ひと切る身残るる身とて負ふ傷を見むとせざりし闇の無間は

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昨日、広島市のマツダ本社工場に男が車で侵入して従業員11人をはね、
うち1人が亡くなるという事件が起きました。

加害者はもとマツダの期間工だったそうです。
加害者は馘になって会社に怨みがあったと言い、会社は自主退職と言う…。
この不況時、派遣労働者や期間工は会社の都合で増えたり減ったり、
理想的な勤務管理をしているところなどないでしょう。
といって、無関係な人を巻き込んでの殺人は決して許されるものではありません。

マツダに知人がいます。
リストラをする側も辞めたいほど辛いと…。
亡くなった方、怪我された方々も明日は我が身の思いだったでしょうに。
辛い事件です。

ザ・コーブ(入り江) [時事]

愛護てふ御旗のまへに築き来し範(のり)誇るべし自由の学府

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立教大学が今月6日に予定していた映画「ザ・コーブ(入り江)」の
上映を中止したというニュースを読みました。

「ザ・コーブ(入り江)」はアメリカの反イルカ漁映画で、
撮影許可が出なかったにもかかわらず
太地で隠し撮りをした映像が混ざっています。

アメリカの「海洋保護協会(OPS)」制作の映画ですから
もちろん反捕鯨の立場を取っていて、
今回の上映中止は太地漁協の抗議を受けての決定だそうです。

我が母校ながら……計画前に綿密な検証が欲しかったですね。
捕鯨はアイヌの鮭漁と同じく日本の食文化の一部を成すもので、
海外と異なり、川や骨に至るまで無駄にする部分はほとんどなかったと
聞いたことがあります。

国際問題としてもデリケートな部分だけに、偏向の批判のあるものを
一方だけ上映するというのは、やはり片手落ちと言われてもやむを得ない
誤った判断だったと思います。
同時に捕鯨問題を考えるシンポでも催されていればなといった感じです。
事前に双方の主張の均衡を欠かぬよう準備がなされていれば、
上映そのものを中止する必要はなかったと思います。

また、上映の予告は大学HPでなされていたそうですが、
(現在は削除されています)
上映中止についての説明は一切掲載されていませんでした。
大変残念な対応だと思います。

自由を標榜する大学だけに、また母校だけに、
すべてにおいて適切な対応をして欲しかったと思わずにいられません。


* 時事問題には当然いろいろなご意見があり、「自分の理屈のみを主張する」
というご批判もあるようですが、私自身は極端な愛護活動には疑問を抱いており、
関心のある問題なのであえて掲載しました。
* 写真の転載にあたってはAFPBB Newsのブログ転載サービスを
利用しています。


横浜事件 [時事]

山彦のこゑ老いるとも詠はましよみがへり来し自由のうたを

戦時中最大の言論弾圧事件「横浜事件」で、4日
元被告5人の遺族に刑事補償の決定がなされました。

横浜事件については、日本ジャーナリスト会議のサイト
詳しく載っています。

原判決から半世紀以上、最初の再審請求から四半世紀です。

第1次再審請求時にすでに亡くなっていた原告もおられ、
長い裁判中に原告全員が鬼籍に入られました。

前回の「免訴」という、逃げとしか思えない判決に
いたく憤慨したことを思うと、今回の判決は画期的ですが、
四半世紀はあまりに長い。

過つのは人の常とはいえ、過ちであるなら
なるべく早く正すのも人の道ではないでしょうか。

この事件では、日本評論社で毎週木曜に行われていた編集者の会合
通称「木曜会」が神奈川県特高によって共産主義活動に捏造され、
短歌などを載せる同人雑誌『山彦』が共産主義宣伝雑誌とされたそうです。

国威発揚をしない活動は槍玉に上げられるなか、
作歌活動も例外ではなかったことを知りました。

   

EBONY AND IVORY [時事]

「EBONY AND IVORY」聴かむ今宵こそ我が黄の肌も有色なれば

民主党の小沢一郎幹事長が、
「アメリカでもオバマさんという黒人を(大統領に)選んでまで、
国を変えようという選択を国民がした」と発言しました。

もちろんこの発言には前後があるのでしょうが、
いくら前後があろうと、真意が他のところにあろうと、
国政に携わる政治家が公の場で発言すべき内容ではありません。

最初につくったときは、もっときつい内容のうたでした。
でも感情任せで詠んだ歌はその時は何もかも吐き出した気になりますが、
少なくとも私の場合、後で読み返せばろくなものではありません。

思い切って曲名だけ残し、自分に引き寄せて全部作り替えました。

「EBONY AND IVORY」は
ピアノの黒鍵と白鍵を黒人と白人に例え、
共生を訴える名曲です。

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Ebony & Ivory - Stevie Wonder


Ebony and ivory live together in perfect harmony
Side by side on my piano keyboard, oh lord, why don't we?

We all know that people are the same where ever we go
There is good and bad in ev'ryone,
We learn to live, we learn to give
Each other what we need to survive together alive.

Ebony and ivory live together in perfect harmony
Side by side on my piano keyboard, oh lord why don't we?

Ebony, ivory living in perfect harmony
Ebony, ivory, ooh

We all know that people are the same where ever we go
There is good and bad in ev'ryone,
We learn to live, we learn to give

Each other what we need to survive together alive.

Ebony and ivory live together in perfect harmony
Side by side on my piano keyboard, oh lord why don't we?

Ebony, ivory living in perfect harmony (repeat and fade)

反戦のうた [時事]

君がもしいくさに往かば我は哭く 大義背負いて赴くとても

ふたたびは還らぬひとを戦場(いくさば)に送るをみなに我らなるまじ
(パルチザンを歌ったシャンソン「今夜は帰れない」に寄せて)

ひとさまをも自分をも単純に右寄りとか左寄りとか
評するのは大嫌いですが、
ごく当たり前の意味で戦争反対です。

ときに反戦歌を詠むことがあります。

シャンソンを習っていて、
「シャンソン・アンガージュ」(反体制的シャンソン、反戦歌が多い)も
意識して歌うようにしています。
表だって取り上げにくいテーマも、翻訳ものだと
歌う側も聞く側もすんなり受け容れますから。

シャンソンを学べるものの権利とも義務とも自負し反戦歌うたう

ガザの地に響く銃音(つつおと) 兵士らに雛芥子の捧ぐ祈り届かず
(アダモの「インシャラー」に寄せて)

意気地なき吾を揺すりたし反戦の歌こそ己が声あげましか
(パルチザンを歌った「ベラ・チャオ」というカンツォーネを歌って)

軍靴ひびく歌うたいつつそをキャパが死にし戦(いくさ)と知れる瞬間
イブ・モンタンの「兵隊が戦争に行く時」に寄せて。
歌の生い立ちを調べていて、
この歌が第1次インドシナ戦争に狩り出される兵士を歌ったもので、
大好きな写真家ロバート・キャパが地雷を踏んで爆死したのも
この戦争だったと知り、自分の中で歴史がカチリと符合した時。


反戦歌を詠む時には、子供の頃知り、衝撃を受けた歌が
必ず自分の根底にあります。

徴兵は命かけてもはばむべし母祖母おみな牢に満つるとも(石井百代)