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ナイル2018年6月号連載【〈短歌版〉私の本棚・6 くれない20】 [ナイル短歌工房]

 二〇一七年二月五日、沖縄県青年会館でシンポジウム「時代の危機に立ち上がる短歌」が開催された。主催は同実行委員会と「強権に確執を醸す歌人の会」、「時代の危機に抵抗する短歌」、「時代の危機と向き合う短歌」に続く催しと捉えてよいだろう。前日には普天間基地・辺野古見学も企画され、シンポには県外から約五〇人の短歌関係者が参加した。

 しかし、このシンポは東京で行われた前回より盛り上がりに欠けたように思う。「イデオロギーの相対化」がひとつの問題点となったそうだが、県内の歌人からすればもどかしさが残ったのではないか。他方、県外の歌人には、自らの発言を政治的と捉えられたくない、という意見も見られた。

 手元に、糸満市の「紅短歌会」の合同歌集『くれない20』がある。以前他の原稿を書くとき、沖縄の歌人の歌を読んでみたいと思い、歌人年鑑で住所を調べてもとめたものだ。

 『くれない』を読んで強烈に感じたのは、私たちがカテゴリ分けする生活詠と時事詠・社会詠との区別がつかないし、つけようとするのは無理だということだった。

 私は神奈川在住だが、横須賀や大和を詠めば、それらは明らかに日常から離れ、ある種の意図を持った歌になるだろう。だが、基地と隣り合わせの日常を送る人たちにとって「イデオロギーの相対化」は、物事を広く受け入れられるためのひとつの表現方法ではあっても、あまりに薄べったく、実感と離れたものはないだろうか。

 沖縄については官民を問わず、心ないヘイト発言やデマが目立つ。まず心に留めるべきは、安易な想像で分かった気にならないこと、「相対化」を言うなら、体験者の言動を同等かより重く考えてしかるべきだということだろう。その上で、県外者、訪問者としての詠みは十分ありなのは当然である。

  島人がこぶしをあぐるこの日々に天の心か篠つく雨は(玉城寛子)
  あくまでも「辺野古の海」と口説くのでついついジュゴンの母娘も失笑(わら)う(中村致彦)
  さんぴん茶とおむすび持ちて逢いに行かん大叔母は摩文仁の礎のひとり(大城永信)
  日本国の一部となって四十年民は二国に囚われしまま(金城榮子)
  静かなる朝の和みのこの島を空の戦闘機北へ南へ(嘉手納ハル子)
  日の丸と星条旗のあるフェンスの外ジョギングすれば米兵とあう(中村ケンジ)
  沖縄語(ウチナーグチ)一つ使へと沖縄人(ウチナーンチユー)私の歌に注文つける(大橋文惠)
  メア更迭やむなしの声沖縄を「ゆすりの名人」とはばからず言う(喜納勝代)
  ベンジャミンが殺した写真屋の由美子ちゃん六十余年を影顕つ記憶(玉城洋子)

【書籍情報】
『くれない20』紅短歌会、二〇一四年

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【参考】
『くれない 20』 沖縄の今詠む時代の証人 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
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ナイル2018年6月号掲載歌【題詠百首より・時】 [ナイル短歌工房]

祖(おや)のゆめ覚めやらずしてかぢをたえ過去(すぎゆき)をこふ破れ船はゆく

ことさらに不審火をいふハメルンの笛吹きのゐてあふち風吹く

純血のまぼろしに酔ふ混沌の国に流れる「誰も寝てはならぬ」

競売に付さるる家の静もりて門扉のうちに冬は居すわる

あふさかは留守宅をひた守りつつ柴犬の眸のつぶらなること

あらがへば不忠者とふかの堰を越えてうしほの流れとまらず

許さぬの筆致くろぐろいきどほるままに逝きたり金子兜太は

自殺する種子しのび寄る谷あひの地を這ふ風はたえだえに吹く

継ぐもののなき山あひの田の名残り去年(こぞ)にかはらぬ穀雨そぼ降る

よるべなき人と犬とがともに棲む河川敷にも春は来ぬめり


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ナイル2018年5月号連載【〈短歌版〉私の本棚・5 作歌はじめのはじめ】 [ナイル短歌工房]

 短歌を始めるきっかけはそれこそ千差万別だろうが、その中で「短歌の作り方」的な本を読む人がどのくらいいるのか、私は知らない。メディアへの投稿やネットの隆盛から短歌人口の裾野が飛躍的に広がり、特に二〇一〇年以降、短歌の入門書は目に見えて増えた気がする。

 浅野大輝氏のブログ「丘と水路と橋と火を」二〇一六年五月二三日付の記事には、大手通販サイトで入手可能な入門書やアンソロジーがリストアップされているので、参照されたい。

 私の場合は、歌を始めたきっかけが、二〇〇八年の短歌SNS開設に興味を持ったからというほぼ偶然の理由で、日本文学科出身でもなかったため、歌壇にはとにかく疎かった。ネット上の短歌SNSには当然ながら功罪があって、初心者でも臆せず参加できる反面、仮名遣いや文法上の誤り、詠みぐせなどを指摘してくれる人がいない。ちょっと欲が出たところでこのままではまずいと思い、添削サイトやら入門書やらを探し始めた。読んだ入門書が古書でしか入手できないほど古かったのは、たまたま紹介してくれた知人の歌歴が長く、その人が入門書を読んだのが最近でなかっただけのことである。頴田島一二郎氏自身が歌人で、ポトナムの重鎮であったことなど、当時は全く知らなかった

 だが結論からすると、この本は私にはとても合っていたと思う。

 本書は「短歌を作り始めるまで」「短歌を作り始めてから」「短歌ができてから」に大別され、それぞれについてかなり細かい章立てがある。区切れや仮名遣い、現在にも通じる一字開けや句読点についても、かなり早い段階で記載がある。選者の嗜好について言及があるのにはかなり驚いたが、年々傾向が変わるとはいえ、短歌賞の応募者がこれだけ多い状況を考えれば、現実的な思料も必要になってくるかもしれない。短歌を始めたのが非常に遅かったので、例示してある歌が、現代国語の教科書で触れたようなオーソドックスなものだったことも、自分には幸いしたと思われる。

 中でも未だに印象に残っているのは、小説や芝居、音楽会や展覧会の感想を歌にするのは、習作にはよいが、一流である対象を超えられないだろうという指摘である。「自分のものにする」難しさはなまなかなものではないと改めて認識させられたが、練習としてNHKの「日曜美術館」を半年ほど使ったことはよく覚えている。

 歌を始めるにはそれに触れる何らかの機会があるはずで、そこには紹介者や歌人、歌会などの現実的な機会、カルチャーセンターの指導者など、印象に残るポイントが必ずあるだろう。フリーであることを含めて、選択肢はかつてないほど開かれている今、何かを吸収しながら自分の立ち位置を見つけていくことが「自分の歌」の土台になってゆくのだろうと、改めて思う次第である。

【書籍情報】
頴田島一二郎『作歌はじめのはじめ』、短歌新聞社、一九七九年


作歌はじめのはじめ

作歌はじめのはじめ

  • 作者: 頴田島 一二郎
  • 出版社/メーカー: 短歌新聞社
  • 発売日: 1979/10
  • メディア: 単行本


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ナイル2018年5月号掲載歌【題詠百首より・花】 [ナイル短歌工房]

蝋梅のいろは陽射しに染まりつつかなしむごとく春の近づく

時ならぬ寒の戻りにふるへつつ不承不承の河津桜は

コルヴィッツの母子のやうに抱きあへば千鳥ヶ淵に花はあふれて

はなぐはし桜のもとに知りびとのふと浮かびくる権之助坂

桐の花咲くを見守(まも)れるひとのなく会津の郷の春のゆふぐれ

暮れなづむ庭にひとよを思ふときマリゴールドはほのかに灯る

今もなほ苛まれたる宜野湾のフェンスに沿うてデイゴは揺れる

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お知らせ [ナイル短歌工房]

このたび一身上の都合により、ナイル編集委員を辞任いたしました。
2018年4月号の編集後記に記載の方針に
同意できなかったと捉えていただいて結構です。

発端は、ナイル2018年3月号に
紀友則の和歌が一首、そのまま載ったことです。

これはまずいのではないかと思い、ひとに相談したところ
3月10日の歌会で議論になりました。

4月号の編集後記には概要しか書いてありませんが、議論の要点は

1.著作権法にかからなければ特段の問題はない。要するにお金の問題。
2.著名人でない限り、自分の歌を読んでもらっているということで、
  盗用されて喜ぶ歌人もいる。  
3.本歌取りについて、藤原定家は三句まではよしとしている。
4.自身は他人の歌を借りたことは一度もないが、個人のモラルの問題。
5.会(ナイル)としては、盗用を規制しない。

とのことでした。

これにはどうしても同意できませんでした。

著作権法に関連して、存命中の歌人の名前が挙がりましたが、
そんなことはありません。
今年、保護期間を外れたのは窪田空穂ですが、それ以降の短歌は
存命か故人かにかかわらず問題になります。

また、盗用されて喜ぶかどうかは人次第で、それが盗用してよい理由にはなりません。

本歌取りについては、二句と3,4字は可、三句は取り過ぎです。

上記のような細かい問題がなかったとしても、ものを作る人のモラルを考えたとき、
結社として盗用を見過ごすことはどうかと思います。

ナイルの場合、編集委員とは名ばかりで、
実際に編集や校正に携わるわけではありませんが、
「あんたのとこの雑誌はどうなっているのか」と指摘された場合、
「私個人としては反対ですが、会の編集委員としては云々」
という説明は、私にはできません。

逃げのようですが、編集委員でなく横並びの立場であれば、
他の同人が何をしようと、その方の自由です。

上記の理由から、5月末日付で辞任届を出しましたが、
1か月早まり、5月号から記名がなくなっていると連絡を受けました。

結社内の事情を書くことには批判もあろうかと思いますが、
ここにお知らせいたします。
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ナイル2018年4月号掲載歌【冬凪】 [ナイル短歌工房]

ゆくりなき睦月の雪の霏々として色街に降るひとときの黙

沈黙のマンション群に囲まれて昼の舗道によごれた雪は

濯がれぬ湯呑みのひとつ巷にはけふぬばたまのブラックフェイス

「夢想家」の歩みをおもふ核の傘ゆ出でざる国のかたすみにゐて

煽るものにも咎のあり真夜中はつひの刻まで二秒となりぬ

防空姿勢に逝くヒロシマの子もあるにサイレンの鳴る晦日、ヨコハマ

薄ら氷のかげのあやなすポンペイのこひびとたちのすずろにねむる

忘れ貝かさなるところ冬凪の海をこほしむひかりのしづく

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祈り(日本短歌協会会報40「東西南北 会員の声」掲載) [日本短歌協会]

 今年も初詣に行かなかった。近所の有名どころの神社やお寺はどこも混んでいるし、年末年始に限って神信心しているわけでもない。大晦日に見ていたドラマの最後に、生放送で成田山新勝寺が中継されたのを見て、すっかり満足した。

 記憶を辿ったら、一昨年は元旦に出かけている。行き先は初詣向けのお寺ではなく、横浜市南区の宝生寺だった。

 地元には報道などでご存じの方もおられるだろうが、宝生寺関東大震災韓国人慰霊碑がある。横浜は東京都並んで、関東大震災にまつわる流言飛語で朝鮮人が大量虐殺されたところだ(当時の震災作文にも、生々しい虐殺の様子をみることができる)。多くの寺で断られた朝鮮人の法要を当時の宝生寺住職が引き受け、浄財と同寺の土地提供により、碑が完成したそうだ。訪れる人もない元旦の午後、碑は薄日のなかをひっそりと立っていた。

 昨年は小池東京都知事が関東大震災の朝鮮人追悼文を取りやめ、悲劇は忘れ去られようとしている。祝い事とは縁遠く、訪れる人は少なくても、幾多の人の犠牲や思いを継いで立ついくつもの碑の存在を、私は忘れない。 
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ナイル2018年4月号連載【〈短歌版〉私の本棚・4 伊藤保歌集】 [ナイル短歌工房]

 二〇一八年一月、旧優生保護法のもと、知的障害を理由に同意なく不妊手術を強制され、救済措置も取られていないのは違憲だとして、被害者の女性が国を提訴した。「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という旧法第一条に基づいて、同法改正までは普通に行われていた処置だった。
 強制断種・避妊手術の対象となったのは精神・知的障害者だけではない。遺伝病との偏見に加え、優生思想の対象にされたハンセン病患者も、手術の対象となった。施設内で結婚しても子どもを持つことは許されず、女性が妊娠すると堕胎が強要された。なお、ハンセン病患者においては、優生保護法に特化した訴訟はなく、小泉純一郎首相(当時)の控訴断念決定で一審判決が確定した「らい予防法違憲国家賠償訴訟」に包含されているようである。
 伊藤保は大正二年、大分県生まれ。ハンセン病により九州療養所(現・国立療養所菊池恵楓園)に隔離収容され、所内の暮らしから社会のありようまでを歌に詠んだ。
  溫床にトマト芽立つを見て來しがきびしき寒に瘡(きず)うづき出づ
  山獨活(やまうど)を食ひたく思ふうつつには癒えて歸れぬ故鄕(くに)嘆きつつ
  麥飯(むぎいひ)か白飯かあぢはひ分かぬまで病は舌に及び來りしか
 昭和十六年、伊藤は所内で結婚する。
  寄り添ひて神に契(ちぎ)りに行く道のおろそかならず霙(みぞれ)降るかも
  看護(みと)られてさきに逝き得るをかたみにも禱(いの)りて契(ちぎ)る病む吾と妻
 妻の堕胎、自らの断種を経験したのは、公民権を得た後、昭和二六年のことである。
  吾子を墮ろしし妻のかなしき胎盤を埋めむときて極りて嘗(な)む
  栗の花こぼれ散りくる羊齒のなか哀れなる胎盤を抱ききて埋む
  子をおろしし妻の衰へ目にみつつなほしも吾は断種ためらふ
  わが精子つひにいづべき管(くだ)閉ぢき麻醉さめ震ふ體ささへて歸る
 所内での生活を詠んだ歌には不思議な透明感も漂う。一方で、彼らを取り巻く社会情勢を思わせる歌も多数ある。
  恥ぢつつも生きをのばしきて遂につひに今日われは公民權を得ぬ
  萱のなか若木の檜に雪の降りここに建つ癩刑務所反對の署名に並ぶ
  この汚きを日本民族かと思ひ沁む媚びては求めき六年の間
  今は國會に実力行使せねば請願通らぬか坐り込めばホースの水浴びるライ患者
 伊藤は昭和三八年に五十歳の生涯を終えた。その歌集は斎藤茂吉の序歌、土屋文明らの序文、近藤芳美らの跋文を擁して、今なお存在感を放つ。しかしながら、彼らを含む弱者に対する無理解と差別もまた、今なお続いていることを、私たちは忘れてはならない。
【書籍情報】
伊藤保『伊藤保歌集―定本』、白玉書房、一九六四年


伊藤保歌集―定本 (1964年)

伊藤保歌集―定本 (1964年)

  • 作者: 伊藤 保
  • 出版社/メーカー: 白玉書房
  • 発売日: 1964
  • メディア: -


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2018-100:了 [題詠100★2018]

投了の声のかかればわかくさの今あたらしき時代(とき)の幕開け 
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2018-099:致 [題詠100★2018]

許さぬの筆致くろぐろいきどほるままに逝きたり金子兜太は
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