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お知らせ [ナイル短歌工房]

このたび一身上の都合により、ナイル編集委員を辞任いたしました。
2018年4月号の編集後記に記載の方針に
同意できなかったと捉えていただいて結構です。

発端は、ナイル2018年3月号に
紀友則の和歌が一首、そのまま載ったことです。

これはまずいのではないかと思い、ひとに相談したところ
3月10日の歌会で議論になりました。

4月号の編集後記には概要しか書いてありませんが、議論の要点は

1.著作権法にかからなければ特段の問題はない。要するにお金の問題。
2.著名人でない限り、自分の歌を読んでもらっているということで、
  盗用されて喜ぶ歌人もいる。  
3.本歌取りについて、藤原定家は三句まではよしとしている。
4.自身は他人の歌を借りたことは一度もないが、個人のモラルの問題。
5.会(ナイル)としては、盗用を規制しない。

とのことでした。

これにはどうしても同意できませんでした。

著作権法に関連して、存命中の歌人の名前が挙がりましたが、
そんなことはありません。
今年、保護期間を外れたのは窪田空穂ですが、それ以降の短歌は
存命か故人かにかかわらず問題になります。

また、盗用されて喜ぶかどうかは人次第で、それが盗用してよい理由にはなりません。

本歌取りについては、二句と3,4字は可、三句は取り過ぎです。

上記のような細かい問題がなかったとしても、ものを作る人のモラルを考えたとき、
結社として盗用を見過ごすことはどうかと思います。

ナイルの場合、編集委員とは名ばかりで、
実際に編集や校正に携わるわけではありませんが、
「あんたのとこの雑誌はどうなっているのか」と指摘された場合、
「私個人としては反対ですが、会の編集委員としては云々」
という説明は、私にはできません。

逃げのようですが、編集委員でなく横並びの立場であれば、
他の同人が何をしようと、その方の自由です。

上記の理由から、5月末日付で辞任届を出しましたが、
1か月早まり、5月号から記名がなくなっていると連絡を受けました。

結社内の事情を書くことには批判もあろうかと思いますが、
ここにお知らせいたします。
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ナイル2018年4月号掲載歌【冬凪】 [ナイル短歌工房]

ゆくりなき睦月の雪の霏々として色街に降るひとときの黙

沈黙のマンション群に囲まれて昼の舗道によごれた雪は

濯がれぬ湯呑みのひとつ巷にはけふぬばたまのブラックフェイス

「夢想家」の歩みをおもふ核の傘ゆ出でざる国のかたすみにゐて

煽るものにも咎のあり真夜中はつひの刻まで二秒となりぬ

防空姿勢に逝くヒロシマの子もあるにサイレンの鳴る晦日、ヨコハマ

薄ら氷のかげのあやなすポンペイのこひびとたちのすずろにねむる

忘れ貝かさなるところ冬凪の海をこほしむひかりのしづく

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祈り(日本短歌協会会報40「東西南北 会員の声」掲載) [日本短歌協会]

 今年も初詣に行かなかった。近所の有名どころの神社やお寺はどこも混んでいるし、年末年始に限って神信心しているわけでもない。大晦日に見ていたドラマの最後に、生放送で成田山新勝寺が中継されたのを見て、すっかり満足した。

 記憶を辿ったら、一昨年は元旦に出かけている。行き先は初詣向けのお寺ではなく、横浜市南区の宝生寺だった。

 地元には報道などでご存じの方もおられるだろうが、宝生寺関東大震災韓国人慰霊碑がある。横浜は東京都並んで、関東大震災にまつわる流言飛語で朝鮮人が大量虐殺されたところだ(当時の震災作文にも、生々しい虐殺の様子をみることができる)。多くの寺で断られた朝鮮人の法要を当時の宝生寺住職が引き受け、浄財と同寺の土地提供により、碑が完成したそうだ。訪れる人もない元旦の午後、碑は薄日のなかをひっそりと立っていた。

 昨年は小池東京都知事が関東大震災の朝鮮人追悼文を取りやめ、悲劇は忘れ去られようとしている。祝い事とは縁遠く、訪れる人は少なくても、幾多の人の犠牲や思いを継いで立ついくつもの碑の存在を、私は忘れない。 
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ナイル2018年4月号連載【〈短歌版〉私の本棚・4 伊藤保歌集】 [ナイル短歌工房]

 二〇一八年一月、旧優生保護法のもと、知的障害を理由に同意なく不妊手術を強制され、救済措置も取られていないのは違憲だとして、被害者の女性が国を提訴した。「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という旧法第一条に基づいて、同法改正までは普通に行われていた処置だった。
 強制断種・避妊手術の対象となったのは精神・知的障害者だけではない。遺伝病との偏見に加え、優生思想の対象にされたハンセン病患者も、手術の対象となった。施設内で結婚しても子どもを持つことは許されず、女性が妊娠すると堕胎が強要された。なお、ハンセン病患者においては、優生保護法に特化した訴訟はなく、小泉純一郎首相(当時)の控訴断念決定で一審判決が確定した「らい予防法違憲国家賠償訴訟」に包含されているようである。
 伊藤保は大正二年、大分県生まれ。ハンセン病により九州療養所(現・国立療養所菊池恵楓園)に隔離収容され、所内の暮らしから社会のありようまでを歌に詠んだ。
  溫床にトマト芽立つを見て來しがきびしき寒に瘡(きず)うづき出づ
  山獨活(やまうど)を食ひたく思ふうつつには癒えて歸れぬ故鄕(くに)嘆きつつ
  麥飯(むぎいひ)か白飯かあぢはひ分かぬまで病は舌に及び來りしか
 昭和十六年、伊藤は所内で結婚する。
  寄り添ひて神に契(ちぎ)りに行く道のおろそかならず霙(みぞれ)降るかも
  看護(みと)られてさきに逝き得るをかたみにも禱(いの)りて契(ちぎ)る病む吾と妻
 妻の堕胎、自らの断種を経験したのは、公民権を得た後、昭和二六年のことである。
  吾子を墮ろしし妻のかなしき胎盤を埋めむときて極りて嘗(な)む
  栗の花こぼれ散りくる羊齒のなか哀れなる胎盤を抱ききて埋む
  子をおろしし妻の衰へ目にみつつなほしも吾は断種ためらふ
  わが精子つひにいづべき管(くだ)閉ぢき麻醉さめ震ふ體ささへて歸る
 所内での生活を詠んだ歌には不思議な透明感も漂う。一方で、彼らを取り巻く社会情勢を思わせる歌も多数ある。
  恥ぢつつも生きをのばしきて遂につひに今日われは公民權を得ぬ
  萱のなか若木の檜に雪の降りここに建つ癩刑務所反對の署名に並ぶ
  この汚きを日本民族かと思ひ沁む媚びては求めき六年の間
  今は國會に実力行使せねば請願通らぬか坐り込めばホースの水浴びるライ患者
 伊藤は昭和三八年に五十歳の生涯を終えた。その歌集は斎藤茂吉の序歌、土屋文明らの序文、近藤芳美らの跋文を擁して、今なお存在感を放つ。しかしながら、彼らを含む弱者に対する無理解と差別もまた、今なお続いていることを、私たちは忘れてはならない。
【書籍情報】
伊藤保『伊藤保歌集―定本』、白玉書房、一九六四年


伊藤保歌集―定本 (1964年)

伊藤保歌集―定本 (1964年)

  • 作者: 伊藤 保
  • 出版社/メーカー: 白玉書房
  • 発売日: 1964
  • メディア: -


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2018-100:了 [題詠100★2018]

投了の声のかかればわかくさの今あたらしき時代(とき)の幕開け 
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2018-099:致 [題詠100★2018]

許さぬの筆致くろぐろいきどほるままに逝きたり金子兜太は
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2018-098:執 [題詠100★2018]

執行の報あるたびに是か非かを決めかねてゐるいのちの重み

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2018-097:川 [題詠100★2018]

よるべなき人と犬とがともに棲む河川敷にも春は来ぬめり
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2018-096:協 [題詠100★2018]

あかときの輪廻をおもふあしひきのブランデンブルク協奏曲第一番
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2018-095:廃 [題詠100★2018]

七年(ななとせ)を過ぎても人の戻るなく廃炉にいたる途の見えざり
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